本研究の目的は、光環境に応じた植物個体の各個葉の光合成特性の推移を時系列モデルとして表現することである。このモデルを用いて、近い将来までの環境条件のもとでの個体総光合成量を制御・予測することを目指す。平成30年度は、個葉の光・CO2飽和条件下での光合成速度 (光合成能力) の推移に着目し、光環境制御が光合成能力およびその律速要因である光合成タンパク質複合体cytochrome b6f (cyt-bf) の分解・合成に及ぼす影響を解析した。 光合成能力の順化に関する既往の研究では、成熟葉の光合成能力は受光量の低下に応じて速やかに低下し、それ以降の受光量の再上昇は光合成能力の強光順化応答を誘導しないとされていた。これらの研究成果を受け「葉の強光順化の柔軟性は成熟後徐々に失われる」という作業仮説のもと、成熟葉に対して2-8日間の弱光処理ののち再び強光処理を行う試験区を設け、葉の強光順化応答の柔軟性を調査した。 エンドウを供試植物として、グロースチャンバ内で光環境制御実験を行った。栽培期間を通して強光条件下に置かれた陰性対照区の葉の光合成能力およびcyt-bf量は概ね一定の値となった。一方、弱光処理された陽性対照区の葉のそれらは弱光処理開始以降、指数関数的に減衰した。再強光処理を行った試験区の葉では、弱光処理の日数に依らず、再強光処理後に光合成能力およびcyt-bf量が上昇した。さらにcyt-bfの分解・合成に基づく統計モデリングでは、弱光処理日数が再上昇の時定数に及ぼす影響は小さいことを示唆する結果が得られた。したがって、本研究では、既往の研究から予想される結果とは異なり、少なくともエンドウでは 1) 葉の光合成能力は成熟以降も柔軟に強光に対して順化すること、2) 一週間程度の弱光処理は光合成能力の可逆的な順化を損ねないこと、が明らかとなった。
|