研究課題/領域番号 |
17J04782
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
福富 又三郎 北海道大学, 生命科学院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 神経行動学 / 昆虫 / 異種感覚統合 / 状況依存性 / 聴覚系 / 機械感覚系 |
研究実績の概要 |
動物の生存に必須である逃避行動は,少数のニューロンで構成される神経回路によって制御されている。しかし,誘発される逃避行動は必ずしも定型的ではなく,状況に応じて逃げ方は柔軟に変化する。このような小規模神経回路において,行動の状況依存性を生み出す神経機構は十分に研究されていない。 逃避行動の状況依存性は,逃避そのものを引き起こす“トリガー刺激”と状況を伝える“状況刺激”の統合によって生じると考えられる。これまでに,コオロギの気流刺激に対する逃避行動が,先行する音刺激(10 kHz純音)によって変化することを報告した(Fukutomi et al., 2015)。シンプルな2種の刺激によって,逃避行動の状況依存性を再現できるのが本実験系のメリットである。 今年度はまず,音による気流逃避行動の修飾の周波数依存性を検証した。コオロギ求愛歌の搬送周波数である5 kHzとコウモリの探索超音波に近い高周波(15 kHz)のトーン音を状況刺激として用い,それぞれ気流刺激に先行して呈示し,気流に対する逃避行動を球形トレッドミル装置を用いて計測した。5 kHz音は側方からの気流刺激に対する逃避の移動方向をわずかに後方へバイアスさせた。一方,15 kHz音は移動方向を大きく後方へバイアスさせるだけでなく,反応確率の減少,移動距離の増加,さらにターン角度のばらつきの増大をもたらした。従来,昆虫聴覚系は音に対して定型的な行動を引き起こすためのシステムであると考えられてきた。しかし,これらの結果は,音を周波数によって区別して認識し,他の感覚系が介する行動の状況依存的な変化に寄与することを示しており,昆虫聴覚系の新たな側面を明らかにした(Fukutomi and Ogawa, 2017)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
年次計画の予定通り,トレッドミル装置を持ちいた行動実験を行い,音による気流逃避行動の修飾の周波数依存性について明らかにした。これらの結果は年度内に国際誌において発表することができた。 一方で,このような音による気流逃避行動の修飾を生み出す脳内の神経機構を明らかにするための生理学的研究も行った。まず,脳のどこで聴覚と気流感覚を統合しているかを明らかにするために,集団の神経活動を同時に記録することができるカルシウムイメージング法を用いた。OregonGreen BAPTA-1,Cal520,Fluo-5Fをなどさまざまなカルシウム指示薬を用いて気流刺激に対する神経応答の記録を行ったが,いずれも微弱な応答が観察されるものの,ノイズが大きかったため,脳のどこで統合しているかを明らかにする目的で使用するのは困難と判断した。次に電気生理学的手法である細胞外電位記録法を用いて,いくつかの脳領域から神経活動記録を行った。プレリミナリーであるが,聴覚上行性神経の終末および気流感覚神経の終末の領域で,音・気流刺激の両方に応答することが観察されている。 以上を踏まえて,本研究はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
コオロギにおける気流逃避行動の聴覚修飾を支配する神経機構を探索する。前年度の結果を参考に,トレッドミル装置上に頭部を固定したコオロギにおいて,聴覚上行性神経の終末および気流感覚神経の終末の脳領域に微小電極を挿し,膜電位変化と逃避行動を同時に計測する。先行する音刺激によって気流に対する応答(発火頻度)が変化するニューロンを探索する。また,そのニューロンの膜電位を電流注入によって操作し,人為的に逃避行動の変化が生じるかどうかを運動計測により確認する。膜電位の記録を行ったニューロンに蛍光色素を導入し共焦点顕微鏡で細胞形態を記録する。
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