研究実績の概要 |
動物は置かれた状況に応じて,同じ刺激に対する逃げ方を柔軟に変化させる.しかし,このような行動の状況依存性を支配する神経基盤は十分に理解されていない. 逃避行動の状況依存性は,逃避そのものを引き起こす「トリガー刺激」と状況を伝える「状況刺激」の感覚情報の統合によって生じる.これまでに私は,コオロギの気流刺激に対する逃避行動が,先行する音刺激によって変化することを報告した(Fukutomi et al., 2015).さらに前年度の研究では,音による気流逃避行動の変化への搬送周波数の影響を調べ,コウモリの探索超音波に近い高周波音(15 kHzトーン)を聞くと,逃避行動を大きく変化させることを明らかにした(Fukutomi & Ogawa, 2017). 今年度は,この気流逃避行動の聴覚修飾を支配するニューロンを探索した.私はまず,すでに同定されている前胸神経節内の聴覚介在ニューロン:AN2に注目した.AN2は高周波音に強く応答するだけでなく,気流刺激に対しても応答する多感覚ニューロンであることが,近年所属研究室で明らかにされた(Someya & Ogawa, 2018).そこで行動実験と同様に,15 kHzトーンを気流に対して800ミリ秒先行して呈示したところ,AN2の気流に対する応答が,気流のみの応答よりも減少した.すなわち,行動実験で観察され逃避行動の修飾と同様に,AN2の気流応答も聴覚入力によって変化した. AN2は,気流逃避行動に重要な役割をもつ最終腹部神経節からのGIsと並んで,気流感覚情報を脳へ送っている.したがって,AN2の気流応答が先行音によって減少することで,脳に伝えられる気流感覚情報が変化した結果,逃避行動の変化が生じたと推察される.さらに,AN2は一次聴覚ニューロンの入力を直接受けているため,AN2こそが逃避行動の状況依存的な変化の発端である可能性がある.
|