本研究では,過去の行動による道徳的自己(moral self)の変動が,人の行動を規定していることを明らかにすることを目的としていた。特に,罪悪感を道徳的自己の低下に対する危機シグナルとして着目し検討を行った。具体的には,罪悪感は自己への脅威(道徳的自己の低下)のシグナルとして機能し,その危機をなくすための行動を動機づける。その一方で,道徳的自己の十分な高まりは危機への猶予となり,それにより罪悪感が生じにくくなることで,罪悪感による行動の制限を解放するという新しいモデルの検討を行った。 本年度は,過去の道徳行動の経験が後の不道徳を許容するモラルライセンシング効果が,不道徳行動に付随する罪悪感と向社会的行動の低下を引き起こすか検討した。分析の結果,罪悪感得点に対するライセンス獲得操作と罪悪感操作の有意な交互作用効果が認められた。さらに下位検定の結果,罪悪感喚起条件において,ライセンスあり条件の参加者はライセンスなし条件の参加者よりも罪悪感が低いことが示された。また,向社会的行動については,罪悪感得点を媒介変数,罪悪感操作を調整変数として調整媒介分析を行った結果,罪悪感喚起条件でのみライセンス獲得操作が罪悪感得点の低下を介して向社会的行動を低下させることが示された。これらの結果は,直前の行動だけでなく,それまでにどのような行動をしていたかという行為者の行動履歴が,罪悪感の生起やその後の行動に影響を及ぼすことを示している。 上記の研究について研究成果を論文としてまとめ,『感情心理学研究』誌に採択された。加えて,昨年度の研究成果として報告した研究(罪悪感が道徳的自己の低下シグナルとして機能するかについて,道徳的自己を潜在連合テストにより測定し,その指標と罪悪感との関係を検討した研究)については,その結果を論文にまとめ,『Current Psychology』誌に採択された。
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