結晶格子中の自由電子の挙動を記述する離散シュレディンガー作用素のスペクトル・散乱理論の研究を,昨年度に引き続き以下の通りに行った. (1)六角格子,ダイヤモンド格子などの一般の格子上の離散シュレディンガー作用素に長距離型とよばれる減衰の弱いポテンシャルを摂動させたときの散乱理論の構築を行った.具体的には,長距離型ポテンシャルを摂動させた離散シュレディンガー作用素における散乱状態(絶対連続部分空間の元)とポテンシャルの摂動のない離散シュレディンガー作用素における散乱状態の間の自然な1対1対応として,磯崎-北田型の修正波動作用素を構成した. (2)離散シュレディンガー作用素は冒頭で述べた固体物理的導出の他に,連続空間上のシュレディンガー作用素の離散近似としての導出も知られている.本研究では,正方格子上の離散シュレディンガー作用素の連続極限としてユークリッド空間上のシュレディンガー作用素が導出されることを,スペクトル理論の枠組みでで証明した. (3)正方格子の場合に,離散シュレディンガー作用素がポテンシャルの摂動に対してどの程度安定なのかを測る指標であるビルマン・シュウィンガー作用素の研究を行った.その結果,ビルマン・シュウィンガー作用素がスペクトル・パラメータに関して一様有界性になるために課されるポテンシャルの条件が,ユークリッド空間上のシュレディンガー作用素の場合と異なることが示された.この結果は,離散空間が非等方的であることから得られており,離散シュレディンガー作用素の特異な性質を記述していると考えられる.
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