研究実績の概要 |
樹木が異なる環境にいかに適応しているかを明らかにするため,東アジアに広く分布するブナ科樹木を対象に,適応戦略に関わる葉や材の形質(葉の面積など,形態的または生理的な特徴)が気候によってどう変わるかを調べた.本年度は昨年度調査済みの9箇所に加え,新たに宮崎県椎葉村,京都府大江山,群馬県みなかみ町の冷温帯林,紀伊大島の暖温帯林, 北タイドイスーテップの季節乾燥林において出現するブナ科樹木の葉と材を採取した.その後,植物の必須資源である光,水,栄養塩の資源利用に関わる形質を定量化し,形質間の関係性及び形質と気候との関係を検討した. 光,水,栄養塩の利用に関わる形質は葉と材において種間で強く相関し,生産性-耐久性のトレード・オフ(一方の戦略を重視すると他方を犠牲にせざるを得ない関係)を形成していた.また,この関係性の強さは冷温帯林,暖温帯林,熱帯林の順に弱くなり,気候が形質間の関係性を規定していると考えられた. 形質と気候との関係については,生育適期(一年の中で植物の生育に適した月の割合)の減少に対し,より生産性を高める傾向が見られた.一方,水利用を反映する形質では常緑樹と落葉樹で応答が異なっていた.落葉樹では生育適期が短い地域で葉脈及び気孔密度が下がり,葉脈の太さも減少していたが,常緑樹では逆の応答が見られた.これらの結果から,1)樹木の水利用特性の適応的意義が落葉樹と常緑樹で異なる,2)水資源よりも光と栄養塩資源の利用戦略が異なる温度環境への適応の上で重要であることが示唆された.これらの情報は,将来の気候変動が種の分布をいかに変えるか予測のための基礎情報としての活用が期待できる.
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