研究課題
我々はこれまでにSWI/SNF クロマチンリモデリング因子であるBrg1 がIPMN およびIPMN 由来膵癌の発生を抑制し、癌抑制的に働いていることを報告した(Nature Cell Biology 2014)。一方、ヒト膵臓癌に関してはSWI/SNF複合体の他サブユニットであるARID1aの不活化変異も報告されていることから、マウスモデルを用いてArid1aの膵発癌における機能的役割の解明に取り組んだ。まず、膵特異的にKrasを変異させ、Arid1Aを欠失させたマウスであるPtf1aCre/+; KrasLSL-G12D; Arid1af/fマウスにおいてヒトIPMNと類似した膵嚢胞性病変が生じ、長期観察すると嚢胞性病変から膵発癌が生じることが判明した。これらの結果からArid1AはIPMNおよびIPMN由来膵癌の発生を抑制していることが示された次にArid1A欠失によってIPMNが形成される機序について解析を行った。Sox9の免疫染色で拡張した膵管において著明なSox9の発現の低下を認めたことから、「Sox9の発現がArid1Aを欠失した膵管細胞からのIPMN形成に寄与する」と仮説をたてた。Arid1Af/fマウスから膵管細胞を単離して三次元培養を行い、アデノウィルスを用いてCreを導入したところ、コントロールと比較してより大きな嚢胞を形成した。また、同様にArid1Af/f; Sox9 OEマウスに対してCreを導入したところ、嚢胞径の増大は抑制された。この結果からArid1A欠失によるSox9の発現低下がIPMN形成のメカニズムに重要であることが示唆された。本研究により、Arid1aはSox9発現を介してIPMN、IPMN由来膵癌を抑制していることが明らかになり、結果をGastroenterology誌に論文発表した。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画通り、Ptf1aCre/+; KrasLSL-G12D; Arid1af/fマウスを作成し、順調に解析を進めることが出来ている。このマウスに生じた膵嚢胞性病変はヒトIPMNに類似した病変であり、長期観察をすると嚢胞性病変から膵発癌をきたすことからこの嚢胞性病変が前癌病変であることも確認できた。また、IPMNの起源となる細胞を同定するために膵管細胞または膵腺房細胞特異的に働くCreERマウスを作成した。膵管細胞特異的にKrasを変異させ、Arid1Aを欠失させたマウスにおいてのみIPMNの形成を認めたことからIPMNの起源細胞は膵管細胞であると考えられた。さらに、嚢胞性病変を詳細に解析することで、Arid1A欠失によるSox9の発現低下がIPMN形成のメカニズムに重要であることが示唆された。なお、これらの結果をGastroenterology誌に論文発表した。従って本研究は概ね順調に進展しているものと考えている。
本研究においてPtf1aCre/+; KrasLSL-G12D; Arid1af/fはPtf1aCre/+; KrasLSL-G12D; Brg1f/fと同様にIPMNを形成するもののIPMN由来膵癌は生じにくい傾向があることが判明した。この差異が生じる要因を解明するためにそれぞれのIPMNに発現するmRNAを用いて網羅的な遺伝子発現解析を行った。解析の結果、mTOR pathwayが関連していることが判明したため、pS6の発現を免疫染色で評価したところArid1Aを欠失したIPMNでは発現をほとんど認めなかったが、Brg1を欠失したIPMNでは強い発現を認めた。一方、Arid1Aを欠失したIPMNから生じた膵癌ではmTOR pathwayの亢進が認められた。これらの結果から、mTOR pathwayの増強がIPMNからIPMN由来発癌が生じる重要な経路の1つであると考えられた。そこで、今後はmTOR pathwayの上流において抑制的に作用するPtenに注目し、PtenがIPMN、IPMN由来膵癌の発生機序において果たす機能的役割を解明する方針とした。まず、膵管細胞特異的にPtenを欠失させたマウス(Hnf1βCreERT2; Ptenf/f)とKrasを変異させ、Ptenを欠失させたマウス(Hnf1βCreERT2; KrasLSL-G12D; Ptenf/f)を作製し、これらにおいて膵管拡張やIPMNの形成を認めるかを解析する。また、Hnf1βCreERT2; KrasLSL-G12D; Ptenf/fを長期観察し、形成したIPMNから膵癌が生じるか確認し、これらの発症率、予後、癌の浸潤、転移の有無などについて検討するとともに、生じた膵癌の遺伝学的背景を評価してIPMN由来膵癌が生じる機序を解明する。
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Gastroenterology
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10.1053/j.gastro.2018.03.039.