研究課題/領域番号 |
17J05616
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
広本 優佳 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 小説 / 19世紀 / 歴史 / リアリズム / イギリス |
研究実績の概要 |
本研究は19世紀初頭のイギリスの小説家ジェイン・オースティンの作品において、小説という誕生後間もないジャンルがどのように規定されているのかを考察する。その際に鍵となるのがリアリズムの概念である。これまでも批評家たちはオースティンのリアリズムを高く評価してきたが、力点は心理描写の巧みさに置かれていた。対して、本研究ではオースティンのリアリズムがどのように形式的に達成されたのかということに焦点を当てる。小説と同様に、あるいはそれ以上に「事実」に忠実であることを要求された歴史というジャンルとオースティンの小説の比較を、2018年度に行った。 歴史と一口に言っても、18世紀に流行したジャンルである歴史書かウォルター・スコットが19世紀初頭に創始したとされる歴史小説かによって、ナラティブのスタイルは大きく異なる。しかしながら、本研究ではこれらの歴史物のジャンルの多くが、相対的な歴史観を内面化していたという特徴に着目する。歴史が事実に即していると言っても、人間の視野に限界がある以上すべてを余さず汲み取ることはできない。当時の歴史家たちはこのことに敏感で、自分の書く歴史が部分的であるということを序文や本文で注釈することを好んだ。 オースティン自身も十代のころ『イングランドの歴史』を執筆するほど歴史への関心が深かった。そして、この小品において自分のことを「無知な歴史家」と呼んでいる。したがって、歴史家たちと似た相対的歴史観を彼女も備えていたと言える。2018年度に行った研究の結果、オースティンがこの相対性を会話の概念を通して解消しようとしているのではないか、という仮説を立てるに至った。彼女の作品において、登場人物たちは会話を通して過去をより包括的に理解しようとする。このような対話的歴史観をオースティンのリアリズムの一つの側面として推定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度は上述の対話的歴史観を手掛かりに、オースティンの最後の長編小説『説得』について、グラスゴーで開催されたイギリスのロマン派学会で口頭発表を行った。『説得』は、ヒロインの父親サー・ウォルター・エリオットが準男爵名簿という一種の歴史書へ書き込みを施す場面と共に幕を開ける作品だ。本研究ではこの書き込みを対話概念の変奏と捉え、書き込みや登場人物の会話に注目し、いかにして『説得』で過去が包括的に描かれるか考察した。オースティンの作品において歴史と対話を結び付けた本発表は、本研究課題の中核となるため、研究は順調に進捗していると言える。 オースティンに関する研究に加えて、ウォルター・スコットの歴史小説やオリヴァー・ゴールドスミスらの歴史書を並行して研究した。彼らとオースティンの間に相対的歴史観という共通項を見出せたという意味で、研究は厚みを増している。
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今後の研究の推進方策 |
『説得』に関する議論は研究全体の骨子にもなるので、説得力を高めて全体の議論のバランスを取るために、今後はオースティンや同時代の作家の他の作品へ視野を広げていく。具体的には、オースティンの『エマ』を予定している。この作品では 'history' という単語がしばしばアイロニカルに使用されるうえに、登場人物が会話やゴシップに興じるシーンが多数ある。これらを手掛かりに、『説得』での議論と関連付けたい。 昨年ウォルター・スコットの作品を分析したが、今年度は彼に影響を与え、かつ過去の表象が重要なテーマとなっているマライア・エッジワースの作品を研究したいと考えている。最終的には、オースティンを中心に、スコット、エッジワース、そして当時流行した歴史書を中心に、博士論文を組み立てる作業を行う。
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