研究課題/領域番号 |
17J05667
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
早川 雅之 国立研究開発法人理化学研究所, 生命システム研究センター, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 細胞性粘菌 / 集団運動 |
研究実績の概要 |
近年,走化性を示さない変異株の細胞性粘菌集団が,接着と剥離を繰り返すことで波状細胞集団運動を示すことが発見された.このような波状集団運動は,例えば細胞集団の移動と密接に関係する多細胞生物の形態形成過程などにおいて,一般的な現象として観察されるものなのかという問題意識から注目されている.しかしながら,先行研究においては波状集団運動の定性的かつ大規模なスケールでの観察に焦点を当てていたため,細胞一つ一つの振る舞いや定量的な知見は得られておらず,現在でも波状集団運動形成に接着と剥離がどう関与しているかはよくわかっていない.そこでまず当該年度では,多数の細胞一つ一つがどのように振舞うことにより全体として波状細胞集団運動が現れるのか,という疑問に答えるため1細胞レベルで波状細胞集団運動の観察・解析を行った.蛍光ビーズと細胞の食作用を利用して個々の細胞の軌跡を取得し,細胞それぞれの速さ,向きを解析した.これより,細胞は波内部に存在する場合,波外部に存在する場合と比べて速さ,向きの均一性が増加することが明らかになった.さらに平均二乗変位を,波内部の軌跡と波外部の軌跡に分けて計算することにより,波に取り込まれることで通常よりも長い時間スケールで運動の一方向性が持続することが分かった.これらの知見から,波状細胞集団に取り込まれることで,個々の細胞は元々のランダム運動を波状細胞集団と同じ方向に揃え,波状細胞集団運動が形成・維持されていることが示唆された.今後は,細胞同士の接着と剥離に関する定量解析を行い,このようなランダム運動を細胞集団と同じ方向に揃える性質が何故現れるのか,という疑問を明らかにしていきたい.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度では,走化性を示さない細胞性粘菌(KI株)が形成する波状細胞集団運動の定量的な解析を中心的に行った.KI株は,野生型の細胞性粘菌と比べて培養方法が異なりやや煩雑なため,研究開始当初はトラブルが多かったが,現在は問題なく実験が行える環境が整い,期待通りの研究成果が順調に得られていると評価できる.当該研究の最初のステップとして,多数の細胞一つ一つがどのように振舞うことにより全体として波状細胞集団運動が現れるのか,という疑問に答えるため1細胞レベルで波状細胞集団運動の観察・解析を行った.まず,蛍光ビーズと細胞の食作用を利用して個々の細胞の軌跡を取得し,細胞それぞれの速さ,向きを解析した.ここでは,当初予想していたとおり,細胞は波に取り込まれると波外部に存在する場合と比べて,運動方向の均一性が増加し,波状細胞集団と同じ方向に揃うことが明らかになった.また,ここで用いた蛍光ビーズと細胞の食作用を利用したトラッキング方法は,核などを染めずに手軽に行える方法として今後も利用できる可能性がある.次に,細胞運動のランダムネスを評価する平均二乗変位を計算した.波内部の軌跡と波外部の軌跡に分けて計算することにより,波状細胞集団に取り込まれることによる細胞運動の変化を明確に示すことが出来た.以上二つの結果は,波に取り込まれることで通常よりも長い時間スケールで細胞運動の方向が波状細胞集団に揃うということを示しており,波状細胞集団運動が形成される原理の大概と考えることが出来る.従って,当該年度において本研究は,順調に進展していると評価できる.
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策として,実験・理論から成る二つの項目に取り組んでいくつもりである.まずは,今までに引き続き,細胞性粘菌KI株を用いて波状細胞集団運動を形成し,この集団運動の定量的な解析を行う.その後,得られた知見を元に,二次元平面における波状細胞集団運動の数理モデル構築に取り組んでいく予定である. 定量解析では,波状集団運動の形成に細胞同士の接着と剥離や,衝突による細胞同士の相互作用がどう関与しているかを実験し,明らかにしたい.この相互作用は,波状集団運動の形成を理解する重要な手がかりであり,また数理モデルの構築にも必要不可欠な要素である.本実験では,細胞運動をトラッキングし,細胞の衝突における入射角と反射角の関係性や,接着の有無などを明らかにしていきたいと考えている.使用するアガロースゲル培地の微細加工やマイクロ流体デバイスなどをうまく組み合わせ,衝突の入射角をうまくコントロールすることも考えている. また,波状細胞集団運動の数理モデル構築についても取り組んでいく予定である.ここで,今まで行ってきた定量解析から得られた知見,特に細胞同士の衝突や接着に関する情報などをうまく数理モデルに組み込む.波状細胞集団運動が発生するのに必要な,細胞の密度や細胞接着の時間・頻度などを,数値シミュレーションを通して明らかにする.このような理論的なアプローチにより,波状細胞集団運動が細胞性粘菌以外の細胞でも形成しうるものかどうか,またどのような条件で形成されるのかを明らかにし,形態形成や発生現象における細胞運動と関連付けていく予定である.
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