本年度の4月は米マサチューセッツ公開大学に引き続き滞在したが、帰国後はすでに投稿した量子バレンスボンドアイスの研究を発展させ、同じようなハイブリッド量子液体状態がキタエフ物質であるH3LiIr2O6において実現しないか検討した。その結果、水素結合中のプロトンの運動を量子的に扱うのは非常に難しいが、水素結合を古典的な無秩序性に置き換えれば問題が数値的に可解となることを発見した。そのため、大規模数値計算を用いて無秩序キタエフ模型を解く研究を行った。この研究は途中滞在したカリフォルニア大学サンタバーバラ校カブリ理論物理学研究所でも行われた。 また、この研究は当初の研究目的であるキタエフ型金属有機構造体にも関係している。キタエフ型金属有機構造体においてもH3LiIr2O6と同様に水素結合が存在する場合を考えることができ、その場合は同じような乱れが系に存在することになる。水素結合が存在しない場合も構造やスタッキングの微妙な揺らぎにより金属有機構造体特有の無秩序性が存在することは容易に期待できるため、キタエフスピン液体における乱れの効果を研究することは当初の研究目的にもかなっていると言える。 具体的には無秩序キタエフ模型を解くための計算コードの開発を始め、励起ギャップの計算にはカーネルポリノミアル法と呼ばれる計算手法が、熱伝導度の計算には非可換チャーン数を用いた計算が有効であることを発見し、これにより劇的に従来の手法と比べて計算コストを減らせることを発見した。これらの成果はオンライン開催となった日本物理学会の年次大会で発表され、来年度以降論文として投稿・出版予定である。
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