研究課題/領域番号 |
17J05758
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
韓 相一 九州大学, 人文科学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 日本近現代史 / 韓国近現代史 / 日韓関係史 / 安権処刑事件 / 亡命 / 対韓政策 / 北清事変 / 満韓交換 |
研究実績の概要 |
本研究は、明治後期の日韓政治外交においてさまざまな側面における相互利用と相剋が日韓関係にどのような影響を及ぼしたのかを考察するものである。平成29年度は、日韓両国の相互利用と相剋の一事例として在日韓国亡命者問題を取りあげ、当初の研究計画に則りつつ、国立国会図書館憲政資料室及び国立公文書館、外務省外交史料館などの諸機関に所蔵されている未刊行資料の調査を実施した。また、公刊文書の読解や新聞・雑誌の関連記事の蒐集を行った。 これらの作業を踏まえて、在日韓国亡命者問題のうち特に1900年5月末に発生した安・権処刑事件について、この事件が日本の対韓政策にどのような影響を及ぼしたのかを追究した。 この問題に対する日本政府の狙いは、韓国皇帝(高宗)の要求に応えるかたちで当問題を解決し、それによって韓国における影響力を強めることにあった。一方、高宗は亡命者の処分により自身の皇帝権力の強化と政権の安定化を図ろうとした。その結果、1900年2月に主要亡命者である安ケイ寿が自ら帰国するかたちで事実上送還され、両国の利害が合致するかのようにみえた。ところが、安の帰国前後から韓国の政界において大々的な処刑運動が繰り広げられ、結局安はその後に帰国した権瀅鎮とともに同年5月末に処刑される。以後、この事件は日韓両国政府の外交衝突へ発展し、且つ両国新聞も事件の是非をめぐり対立した。同年6月中旬に北清事変の拡大により終結したものの、日本政府の対韓政策は硬化し、韓国との関係改善よりロシアとの「満韓交換論」を通じて韓国に対する影響力の強化に傾注する契機になった。 なお、以上の研究成果の一部については、2017年10月22日、九州史学研究会大会において「1896~1900年における日本の対韓政策の検討-高宗宥和策を中心に-」という題目で報告を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は日本に残されている史料蒐集に集中し、分析を行ったが、研究上日本の史料だけではなく韓国やその他の国家にある史料の蒐集する必要があり、それらの蒐集と分析はあまり進展していないため。
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今後の研究の推進方策 |
次年度以後も、日本国内における史料調査を継続するが、それに加えて韓国や米国にある史料の調査を行う。まず、日本の対韓政策に深く関わった京釜鉄道株式会社の重役らの韓国における活動に関して研究を進める。次に、韓国ソウル大学奎章閣研究院および韓国学中央研究院蔵書閣所蔵の大韓帝国の公文書や米国フィラデルフィアカトリック歴史研究センター(CHRC)所蔵のサンズ文書(W. F. Sands Papers)などを調査し、韓国政界の実態を把握し、韓国側の外交政策の背景を明確化する。
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備考 |
安ケイ寿の「ケイ」の字がJIS第4水準漢字につき、本システムを通じた入力が不可能である。
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