研究課題/領域番号 |
17J05808
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
武田 一貴 北海道大学, 大学院獣医学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 殺鼠剤 / 薬物代謝 / シトクロムP450 / 化学物質抵抗性 / NADPH / 電子伝達系 / 野生齧歯類 / ペントースリン酸経路 |
研究実績の概要 |
野生げっ歯類は種々の人獣共通感染症を媒介するため殺鼠剤による駆除は不可欠である。しかしワルファリン(Wf)など殺鼠剤に対し抵抗性を有する個体群が出現している。現在有効な防除策は乏しく抵抗性獲得機序の解明と新規防除策の開発は急務である。これまでWf抵抗性の原因はWf標的分子ビタミンKエポキシド還元酵素の変異が挙げられたが申請者らが東京の抵抗性ラットのWf体内動態を解析した所、Wf排泄能が向上しており、抵抗性にWfの代謝・排泄も寄与することが示唆された。そこで、当該年度は抵抗性げっ歯類の肝代謝能を解析した。 ①肝灌流試験により肝代謝能を評価した所、Wfの代謝産物である5つの水酸化体全てにおいて抵抗性群が感受性群より5~8倍程度有意に高い生成量を示した。 ②Wf代謝を担う薬物代謝酵素シトクロムP450を評価するため肝酵素画分とWfをin vitroで反応させ酵素速度論的に解析した。この際、P450の活性に必要な電子供与体NADPHを過剰量添加・NADPHの前駆体であるNADP+を添加し肝酵素画分にNADPHを産生させる二群を作った。NADPH過剰添加系では抵抗性群は感受性群より有意に高い酵素活性を示したがその差は軽微であった。一方NADP+を添加するとその差は顕著になった。つまり抵抗性群の高代謝能は代謝を直接担うP450が原因ではなく、電子供与体NADPHの産生能向上が原因と示唆された。 ③抵抗性群のNADPH産生能を測定した所、肝臓での主要なNADPH産生源であるペントースリン酸経路によるNADPH産生速度が感受性群に対し有意に速かった。 以上の結果から東京の殺鼠剤抵抗性ラットではペントースリン酸経路の亢進によるNADPHの供給増進がP450によるWfの代謝活性を向上させ、肝臓での高代謝能に寄与するというこれまでに報告のない抵抗性獲得機序を保有していることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度では殺鼠剤抵抗性獲得機序の解明を目指し、殺鼠剤抵抗性・感受性のクマネズミクローズドコロニー群を用いた研究を行った。初年度は当初の研究計画で予定していた殺鼠剤代謝能の評価を実施した。その結果、抵抗性群では殺鼠剤の代謝が亢進しているのみならず、その原因が代謝を直接担う薬物代謝酵素シトクロムP450ではなく、その活性に必要な電子を供与するNADPH産生能の亢進に起因するということが判明した。これは現在までに報告がない新しいタイプの抵抗性獲得因子であり、その報告は国内外の学会で発表賞を受賞するなど一定の評価を受けている(第26回環境化学討論会学術集会、The 5th Sapporo Summer Symposium for One Health "SaSSOH", The 57th Society of Toxicology)。また、本研究結果の一部は査読付き学術誌に英語論文として研究者が筆頭著者として投稿し、掲載が受理されている(Pestic. Biochem. Phisiol., in press) また、次年度(平成30年度)実施予定の殺鼠剤標的分子ビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)の解析についても既に着手しており、肝ミクロソーム画分を用いたin vitro VKOR活性測定メソッドの立ち上げを行った。この成果は2018年5月開催予定の第27回環境化学討論会で発表予定である。 以上の事由から今年度の研究成果は概ね期待通りの進捗であると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度、東京の殺鼠剤抵抗性クマネズミは高いNADPH産生能を有することが判明した一方、その原因分子は不明である。また、NADPHは電子供与体として生体内では活性酸素の除去・グルタチオンのリサイクル・脂肪酸、コレステロールの合成・薬物代謝酵素シトクロムP450の全分子種の活性に不可欠であるなど、その働きは多岐にわたる。 ①NADPH高産生能の責任分子の同定:ペントースリン酸経路や他のNADPH産生経路においてNADPH産生を担う酵素群に対して、その遺伝子配列・発現量・翻訳語修飾などを解析し、高産生能の原因を同定する。 ②NADPH産生能が殺鼠剤代謝以外に与える影響の解明:上述のように、NADPHの働きは多岐にわたる。このため、本年度はNADPH高産生が抵抗性ラットに与える影響についても解析を行う。肝や各臓器の酵素抽出画分を用いた酸化ストレスへの応答能や殺鼠剤以外の薬物・環境中化学物質に対する代謝能などをin vitro試験により個別に評価する。 また、殺鼠剤抵抗性にはその標的分子ビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)の遺伝子変異が関与することも知られており、上記の研究で用いた東京の抵抗性群もVKOR変異を有している。一方、VKORの生理的な電子供与反応は未解明な点も多く、その適切な評価系については現在も議論されている。当該研究は近年発見された選択的ジスルフィド結合還元剤トリス3ヒドロキシプロピルホスフィンを用いたVKOR活性測定により生理的条件に近いVKOR活性を測定する。 本年度はVKOR変異がその活性・構造・殺鼠剤感受性に与える影響についてin vitroでの酵素活性試験やin silicoでの構造解析を実施し、抵抗性群が有するVKORのCHaracterizationを実施する。
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