研究実績の概要 |
本研究課題は, 軌道自由度の効果を取り込むことで, 超伝導発現機構や, ギャップの異方性の理解を深めることを目的としている。本年度は, BiS2系超伝導体を対象として, 原子サイト間に働く電子間相互作用を起源とする電荷・軌道ゆらぎ機構の超伝導の可能性を調べると共に, 電子格子相互作用の多軌道効果を議論する為に必要な, 第一原理計算から見積もった電子格子相互作用の抽出及びBloch基底から有効模型の基底であるWannier基底への変換を行う為のプログラム制作という, 二つの研究を進めた。 前者のBiS2系超伝導体を対象とした, 超伝導発現機構及びギャップ異方性の解析においては, 伝導層を構築するビスマス,硫黄原子のpx,py軌道に注目して有効多軌道模型を構築した後に, p軌道の空間的広がりを考慮したBi-Sサイト間の電子間相互作用を加えた多軌道多サイト拡張ハバード模型を得た。この模型を用いて, 軌道・電荷揺らぎの発達と超伝導ギャップ構造を調べたところ, 電子間相互作用が引力であろうが斥力であろうが, Bi-Sサイト間相互作用によって異方的なフルギャップ超伝導体が現れる可能性があることを示した。 後者の電子格子相互作用を用いた有効模型解析の為のプログラムの制作については, 第一原理計算ソフトQuantum espressoのソースコードの解読を行い, 電子格子相互作用をWannier基底に変換し, 有効模型で扱える形式で出力する事に成功した。この電子格子相互作用を用いて, バンド, 波数依存性を持った有効ペアリング引力を求め, BCSギャップ方程式に代入することで従来型の超伝導体における超伝導ギャップの異方性の理解を試みるための方法を開発した。現在, この手法を用いて, 鉛と2H-NbSe2を対象にして, 超伝導ギャップの異方性の再現を試みている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概要でも触れたように, 初年度の目標であった, BiS系超伝導体におけるサイト間相互作用の超伝導対称性に与える効果の解析と, 電子格子相互作用の第一原理計算を用いた見積もり及び有効模型への適用手法の開発を行うことが出来たので, 研究の進捗は概ね順調であると言える。しかし, 電子格子相互作用を見積もるプログラムの実装の完了が, 年度末になってしまったため, 物質への適用が不十分であった。そこで次年度は, 実際の物質を対象とした電子格子相互作用による超伝導機構の解析を中心に行う。また, 本年度は超伝導ギャップ方程式に, 電子格子相互作用によるペアリング相互作用を適用するための準備は完了したが, スピンゆらぎや電荷ゆらぎに依るペアリング相互作用の寄与を取り込めるように拡張はしていない。とくに電荷揺らぎに関しては, 対象物質である2H-NbSe2は, 超伝導相近傍に電荷秩序が存在していることからも, 電子格子相互作用が起源となる可能性があり, 電子格子相互作用を取り込んだ電荷ゆらぎの解析及び, このゆらぎが超伝導に与える影響を調べる必要がある。次年度は, 先に述べたようなゆらぎの寄与も計算に取り込めるようにプログラムを拡張する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の成果として, 第一原理計算から有効模型の電子格子相互作用を見積もる事に成功したので, 次年度以降はこれを用いた超伝導ギャップ構造の解析を行う。対象物質としては, ダイカルコゲナイド層状超伝導体2H-NbSe2に注目し, 電子格子相互作用が超伝導ギャップ構造に与える効果について, 有効模型を用いた解析を行う。この物質は従来型超伝導体であると考えられているにもかかわらず, 超伝導ギャップに異方性があることが知られているほか, 超伝導と電荷密度波の共存が見られている。この電荷密度波における特徴的な波数qは, 単純なフェルミ面のネスティングの議論では理解が困難であり, 電子格子相互作用の波数依存性が重要である可能性が高い。 そこで第一原理計算を用いて物質の個性を取り込んだ電子格子相互作用から, 電荷密度波の特徴的な構造を理解することを試みる。またこのような電荷密度が超伝導相近傍に有るときには, 電荷のゆらぎが超伝導のペアリングに影響を及ぼす可能性がある。そこで, 電子格子相互作用由来のペアリング相互作用と, 電荷ゆらぎ由来のペアリング相互作用が共存, 若しくは各々が独立して存在している場合のギャップ構造を調べることで, 2H-NbSe2で観測されている超伝導ギャップの異方性の起源を探る。現在Nbのd軌道とSeのp軌道を全て考慮した,22軌道模型は構築しているが, この模型では取り扱うデータの量が多いため, 高精度の解析が困難である。そのため, より本質的な軌道のみに純化した, 最小模型を用いた解析を試みる。
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