研究課題/領域番号 |
17J06198
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
谷口 紗貴子 東京大学, 農学生命科学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 加齢 / Ca2+ホメオスタシス / 長期増強 / 記憶・学習 |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病などの神経変性疾患とは異なり、通常の老化による認知機能の低下においては海馬神経細胞の脱落を必ずしも伴わないことから、近年では神経細胞死に先立って機能障害がおこり、シナプス伝達に変化が起こることが重要であると考えられてきている。細胞機能は細胞内Ca2+ホメオスタシスにより制御されており、これが破綻してシナプス可塑性を減弱させることが加齢性認知機能低下につながる可能性が高い。本研究は、加齢性に衰える脳機能における細胞内のCa2+ホメオスタシスの関与を証明し、この機序を明らかにすることによって予防・治療につなげることを目的としている。 我々はこれまでに記憶・学習と関連が深いと考えられている海馬CA1領域の長期増強(Long-term potentiation:LTP)が加齢に伴い減弱することを示してきた。本年度は、この原因を探る一環としてCa2+イメージングシステムを立ち上げ、電気生理学的手法と組み合わせることにより詳細なシナプス解析が可能となった。これを用いて海馬CA1の興奮性シナプス後電位(EPSP)の波形解析を行ったところ、加齢に伴ってEPSPの減衰時間が延長することが明らかとなった。この減衰時間の延長は細胞内Ca2+動態とリンクしているため、加齢時にはCa2+ホメオスタシスに変化が生じていると示唆された。次に、このEPSP波形の延長に関与するCa2+ホメオスタシス関連分子の探索を行い、現在までのところCa2+排出系に大きく関与するNa+-Ca2+交換体(NCX)は関与しないとの結果を得ている。今後、加齢性に発現量が変化するCa2+ホメオスタシス関連分子を網羅的に検討し、それらのシナプス可塑性および認知機能への影響を検討することにより総合的なCa2+ホメオスタシスと加齢性認知機能低下の相関を検討していくことを予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時の研究計画では、マウスより得られた脳スライス切片や培養細胞からのホールセルパッチクランプとCa2+イメージングの同時記録によりシナプス内におけるCa2+動態を経時的・空間的に明らかにし、EPSP/EPSC波形とCa2+濃度の変化との対応を検討することによって、Ca2+ホメオスタシス関連分子のシナプスにおける役割の解明を行うことを目標としていた。平成29年度はこのような実験を行えるようにするため、新しく導入したCa2+および膜電位のイメージングシステムを立ち上げ、さらに電気記録との同時記録ができるような環境を整えることに成功した。また、海馬EPSPの減衰時間が加齢性に延長することを老齢マウスおよび老化促進モデルマウスにおいて示すことができた。今後EPSP波形の減衰時間に関連するCa2+ホメオスタシス関連分子を探索することで、加齢性シナプス機能低下のメカニズムに迫ることができる可能性を示した。さらに実際にCa2+関連分子の探索についても検討を行い、Ca2+排出関連タンパクの一つであるNa+-Ca2+体の関与が薄い可能性を示した。引き続いてCa2+放出関連分子の検討を行う予定であり、上述の点から、ほぼ当初の研究計画通りに進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、昨年度から検討を行っているCa2+ホメオスタシス関連分子群の同定をさらに進めていくことを予定している。本年度はCa2+排出関連分子のみしか検討が行えていないが、今年度はCa2+供給関連分子や、イメージングと電気記録の同時記録を駆使して細胞内Ca2+バッファーの変化やシナプスの構造的変化(Ca2+チャネルとセンサー間の距離など)についても明らかにしていきたいと考えている。Ca2+ホメオスタシス関連分子の同定に成功した際には、各種因子を阻害する物質によるLTPのレスキュー実験を行うなどして、実際にそれらの分子が加齢性の記憶・学習能力の低下に関与しているのかを検討していく。このような過程で加齢性脳機能低下に関与する分子、抑制する分子の候補が見つかることが期待される。また、現状では通常の老化モデルを用いて実験を行っているが、加齢時には脳機能低下のみならず様々な循環器系や代謝系の疾患の併発が見られるため、それらの基礎疾患と脳機能の関連を明らかにすることも加齢性脳機能低下の予防や治療のためには必要であると考えている。よって、病態モデル動物も用いて多面的な検討を行っていき、加齢性脳機能低下の機序解明のための基礎研究に加えて臨床応用への道につなげていくことも検討している。
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