研究課題/領域番号 |
17J06451
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
伊藤 早苗 上智大学, 神学部, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2021-03-31
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キーワード | アッシリア帝国 / 新バビロニア帝国 / アケメネス朝ペルシア / 書記 / 学者 / ネットワーク |
研究実績の概要 |
まずはアッシリア帝国(前934-612年)における書記と学者のソーシャル・ネットワーク分析を実行した。同帝国おいては、エサルハドン王(在位前680-669年)ならびにアッシュルバニパル王(在位前668-630年頃)の治世前半期に、帝国行政・文化における書記と学者の存在が以前からよく知られている。そこで伝統的な文献学的分析と社会学から起こったソーシャル・ネットワーク分析を組み合わせ、これらの書記や学者らが王を含めどのように関係していたのかを、書記や学者と王の間で交わされた書簡389点を用い、復元を試みた。書簡に言及される全人物に個別番号を付与し、ここからマトリックスを作成し、ソーシャル・ネットワークデータ分析用のソフトウェアを使用した。そして上記書簡から再構成されるネットワーク全体を描画したところ、推測どおりエサルハドンとアッシュルバニパルがネットワークの中心として現れた。またソーシャル・ネットワーク分析の主要な分析法の一つであり、ネットワークのチャンネル数を調べる媒介中心性を測ったところ,書記や学者の中では,現存する書簡数の最も多い王の祈祷師ではなく、アッシュルの神官で占星術師でもあった人物が最も多くのチャンネル数を保持していたことが判明した。またこの分析において、エサルハドン治世中の反逆者や皇太后も上位に現れることから、従来の各個人の書簡数だけで関係性の再構成を試みるのではなく、ソーシャル・ネットワーク分析も有用であると言えよう。 またヘルシンキ大学のシモ・パルポラ教授と共同し、同教授が編集・出版したアッシュルバニパル王の書簡史料集において、編集された書簡全般に関する「序」を執筆した。さらに、フィンランド中東研究所所長であるライヤ・マッティラ博士、ヘルシンキ大学のセバスチャン・フィンク博士とともに、古代オリエントを中心とした動物に関する論文集を編集・出版した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
在外研究先であったオランダのライデン大学では、EUのMarie Curie Fellowshipを得て、楔形文字文書の奥付を基に前1千年紀のメソポタミアの学識について研究中のナタリー・メイ博士から、アッシリアの古都アッシュルの学者の系譜について知識を得た。またERC Consolidator Grantを得て“Persia and Babylonia: Creating a New Context for Understanding the Emergence of the First World Empire”プロジェクトを牽引するカロリン・ワーザッヒャー教授、プロジェクトのポスドク研究員であるメラニー・グロス博士の協力を得て、プロジェクトが作成中の新バビロニア帝国、アケメネス朝ペルシアの人物データベースを用い、これらの帝国の書記に関する情報を収集した。 2018年12月には大英博物館を訪問し、メソポタミア部門楔形文字コレクションの学芸員の協力のもと、楔型文字粘土板文書の史料調査を行った。またこの際大英博物館で開催されていた企画展『I am Ashurbanipal: King of the World, King of Assyria』も見学し、アメリカ考古学研究所のStephanie Lynn Budin博士からNear Eastern Archaeologyに批評を寄稿するよう依頼され、現在執筆中である。 このように、2018年度はアッシリア帝国の書記研究だけではなく、新バビロニア帝国、アケメネス朝ペルシア帝国の書記についても情報収集を行うことができた。また原史料調査も実施することができた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、非公開のアッシリアの王宮文書データベースに関しヘルシンキ大学のシモ・パルポラ名誉教授やサーナ・スヴァード准教授に協力を求め、新バビロニア帝国およびアケメネス朝ペルシアの人物データベースに関してはライデン大学のカロリン・ワーザッヒャー教授、メラニ・グロス博士、辻田明子研究員の協力を引き続き求める。夏季にはヘルシンキやライデン等を訪問し、自身でデータベースを利用し、書記のプロソポグラフィカルな情報を収集する。また7月上旬にフランスのパリで開催される国際アッシリア学会に参加し、他の研究者と当該研究や今後の研究成果の発表先について協議する。 史料調査やデータベース等で得られた情報を整理し、各人物の活動時期、出自および出生地、活動拠点、婚姻の有無、家族・親族構成、学歴、財産、職業及び職歴を明らかにしてゆく。これらを基にして、王、書記、他の学者、子弟といった関連する人物の相互関係を再構成し、血縁や人脈、さらにはこれらを通した当時の知識転移の在り方を詳細に追う。 このようにして三帝国の書記と書記文化ついて、得られた結果を取りまとめ、学会発表や学会誌への投稿を行う。学会発表に関しては、現時点では、11月にアメリカのサンディエゴで開催される米国オリエント学会年次大会にて英文でのポスター発表、12月にフィンランドのヘルシンキ大学で開催されるアッシリア帝国に関するワークショップで英語での口頭発表を計画している。学会誌は、当該研究分野で権威ある学術雑誌のState Archives of Assyria BulletinやJournal of Near Eastern Studiesを予定している。
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