研究課題/領域番号 |
17J07023
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤井 朋子 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 鳴禽 / 発声学習 / 扁桃体 / 選好 |
研究実績の概要 |
ヒトや鳴禽(小鳥)のように、聞いた音を自ら発する学習をおこなう動物では、親の発話やさえずりといった、学習の対象となる音声に選好的な反応を示す現象が知られる。本研究は、鳴禽の一種であるジュウシマツを用い、このような学習対象となる音声への選好について、機能および神経メカニズムの理解を目指すものである。初年度は主として、「幼鳥が学ぶ歌に対して選好をもつことは、歌学習において機能的な意義をもつ」という仮説を検証する実験に取り組んだ。 まず、父親の歌を聴いて育ったオスの幼鳥を対象とし、スピーカーから再生した歌への接近行動によって歌への選好を測定した。歌の学習が始まる約40日齢から、歌が完成し成鳥となった200日齢すぎまで、ジュウシマツのオスは一貫して父親の歌に接近行動を示すことがわかった。さらに、父親から歌を学ばせるのではなく、時期を限定して血縁のない成鳥(歌の師匠)と同居させる手続きによって幼鳥に歌を学ばせると、最終的に学習した歌の完成度(師匠の歌との類似度)にばらつきが生じた。そこで、歌に含まれる音の要素数にもとづいて歌の完成度を定量化し、師匠歌への選好との関係を調べた。その結果、約60日齢における師匠歌への接近時間と歌の完成度に正の相関がみられることがわかった。この日齢は、手本の歌の記憶が形成されつつある時期と考えられている。一方、歌が完成に近づいた約120日齢での選好と歌の完成度には有意な相関がみられなかった。これは、師匠の歌に選好をもつことが歌学習において機能している可能性を示唆する。この仮説の検証には、さらなる実験が必要となるが、選好と学習との関係を調べることは、当該研究分野でも新奇な試みである。 以上の研究成果および今後の研究計画について、2件の国内学会で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究全体を、以下A~Cの実験で構成する予定で計画を立てた。A:歌の選好の機能について検討する行動実験、B:選好の神経メカニズムを調べるために脳損傷を施した個体での行動実験、C:幼鳥が師匠の歌を聴いている最中の神経活動を調べる神経生理実験。これらのうち初年度は、Aを実施し、BとCの準備を進める計画であり、研究の進捗状況はおおむね当初の計画通りであった。 まず、歌の選好の測定に必要な行動実験系を立ち上げ、ジュウシマツを使っていくつかの歌発達段階における選好を調べた。それらの選好の程度と、最終的に学習された歌の完成度との関係を分析した結果、学習の手本を記憶する時期にみられた選好と、歌の完成度との間に正の相関がみられた。 神経メカニズムについては、哺乳類と鳥類との比較解剖学的研究にもとづき、選好の形成および表出には扁桃核(哺乳類の扁桃体に相当)という脳部位が重要であるという仮説を立てていた。初年度はAの行動実験と並行して、扁桃核を薬理的に損傷する技術を習得し、数個体でパイロット実験を実施した。現在、それらの個体が示した師匠歌への選好、学習された歌、および脳損傷の状態を解析している途中である。また、今後の実験のために、神経活動に依存して発現する遺伝子の産物を用いて、歌を聴いたときに活動した脳部位と活動した細胞の数を調べる組織学的手法も習得した。
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今後の研究の推進方策 |
来年度以降は、選好と歌学習の関係性についてより詳細な検討を進めると同時に、神経メカニズムの研究に本格的に着手する。前者については、初年度までの研究から、歌学習中にみられる師匠の歌への選好と、学習された歌の完成度の間に相関がみられることがわかった。ここで、師匠の歌への選好とは、他個体の歌よりも師匠の歌に対して選択的に接近するという行動で定義したものである。まず、このような接近行動が、社会的につながりのある個体の歌一般に対してではなく、師匠の歌に対して特異的にみられるものかどうかを調べる必要がある。加えて、歌の手本を記憶する時期に複数個体の歌を聴かせ、最終的によく学んだ歌(結果的に師匠とした個体の歌)とそうでない歌とでは、選好の現れかたが異なるか否かを検討する実験も計画している。以上によって、選好が歌学習において機能を果たしているという仮説の妥当性の検証を進める。 神経メカニズムについては、初年度までに脳損傷のパイロット実験をおこなった。これからさらに個体数を増やして、歌学習開始前に扁桃核を薬理的に損傷し、その後の歌の選好の形成および歌発達を調べる実験を実施していく。この実験で、損傷が選好や歌学習に影響を与えるという結果が得られた場合には、幼鳥が師匠の歌を聴いている際に、扁桃核でどの程度神経活動がみられるのかを調べていく。電気生理学的な方法を用いて行動中の単一神経細胞の活動を記録するのに加え、組織学的な方法によって神経活動の空間的分布をとらえる実験を計画している。 以上で得られる研究成果について、国内外の学会で発表し、初年度に得られた結果と合わせて学術誌上での論文発表を目指す。
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