研究課題/領域番号 |
17J07163
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
貞廣 暁利 京都大学, 医学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 翻訳 / ポリオウイルス / IRES |
研究実績の概要 |
小児麻痺(急性灰白髄炎)の原因ウイルスであるポリオウイルスには、野生型と生ワクチンとして利用される変異型が存在する。神経麻痺の症状は神経破壊を伴ったウイルスの増殖によりもたらされるが、変異型の神経における増殖効率は野生型に比べ著しく低いため、変異型は神経毒性を示さない。この神経における両型の増殖効率の変化を決定づける要因はウイルスゲノムのInternal Ribosome Entry Site(IRES)と呼ばれる配列中の変異であると報告されている。IRESはmRNAの5'非翻訳領域に存在する特徴的な構造を有した配列であり、真核生物が一般的に行うcap依存的翻訳機構とは異なるメカニズムによりリボソームを誘導し翻訳を開始させる配列である。このため、『変異型はIRES中の変異が原因で神経特異的にIRES依存的翻訳が阻害され、その結果、増殖効率が低下している』と予想される。しかしながら、神経におけるポリオウイルスIRES依存的翻訳開始の詳細な分子機構は未だ理解が不十分であり、当仮説を実証する報告はなされていない。 そこで私は、神経におけるポリオウイルスIRES依存的翻訳を試験管内翻訳系により解析し、ポリオウイルスの神経特異性を生み出す翻訳制御因子(神経特異的因子)を同定することでこの仮説を検証しようと試みてきた。これまでに私は、変異型IRESから開始される翻訳が神経細胞特異的に阻害されること、その原因となる神経特異的因子は翻訳反応の中心となるリボソームに結合して機能していること、神経特異的因子を非神経細胞のリボソームに結合させても機能的に働くことを明らかにした。さらに、質量分析を行うことで神経特異的因子を探索し、これまでに候補をいくつか得た。今後、これら候補を検証し、神経特異的因子を同定する。また、同定後は神経特異的因子のcap依存的翻訳に対する機能を解析する方針である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当研究の目的はポリオウイルス変異型IRES依存的翻訳を神経特異的に阻害する分子機構の解明である。私は、前度中に変異型IRES依存的翻訳を神経特異的に阻害する翻訳制御因子(神経特異的因子)を同定することを計画していた。 そこでまず、私は、神経特異的因子をリボソーム複合体から解離さることを試みた。具体的には、超遠心により分離したSK-N-SH細胞由来のリボソーム複合体を高塩濃度処理し、神経特異的因子をリボソーム複合体から解離させた。神経特異的因子の解離は試験管内翻訳系を用いて評価し、変異型IRES依存的翻訳に対する阻害活性が消失していることを確認した。更に、解離させた神経特異的因子を高塩濃度処理後のSK-N-SH細胞リボソーム、またはHeLa細胞リボソームと再度結合させたところ、変異型IRES依存的翻訳に対する阻害活性を回復または獲得した。これにより、神経特異的因子はリボソームに結合することで機能的に働くことを明らかにした。 神経特異的因子の探索には、SILAC法を利用した。SK-N-SH細胞とHeLa細胞を、それぞれL-Lysine-13C6とL-Lysine-12C6を含む培養液で培養し、タンパク質に各アミノ酸を導入した。標識後、前述の方法で神経特異的因子を分離し、軽いアミノ酸で標識したHeLa細胞由来リボソームと再度結合させた。この状態のリボソーム複合体を質量分析することで、リボソームと結合し、かつ、機能的に働く神経特異的因子の候補を得た。現在、得られた候補をHeLa細胞に過剰発現させ、変異型IRES依存的翻訳に対する阻害効果を解析している段階である。 また、これらの実験手技を応用し、IRES依存的翻訳を行うことで知られるA型肝炎ウイルス(HAV)についても解析した。HAVのIRES依存的翻訳が肝臓特異的に活性化していることを示し、学術誌に投稿した(現在リバイズ中)。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により、ポリオウイルス変異型IRES依存的翻訳を神経特異的に阻害する因子(神経特異的因子)の候補が得られている。しかしながら、未だ神経特異的因子の同定には至っていないのが現状である。質量分析により得られた候補は複数個あり、現時点で全候補を検証できていないので、今後も得られた候補因子をHeLa細胞に過剰発現させ、そのHeLa細胞抽出液を用いた試験管内翻訳系によって検証を続ける予定である。また、同定後は、SK-N-SH細胞から神経特異的因子をノックアウトまたはノックダウンした状態での変異型IRES依存的翻訳を試験管内翻訳系により解析したいと考えている。神経特異的因子のノックアウトにはCRISPR/Cas9システム、ノックダウンにはsiRNAを利用することを計画している。更に、大腸菌で作成した神経特異的因子の組換えタンパク質をin vitro翻訳系の中に加えた場合の解析も同時に進行させる予定である。 これまではポリオウイルスIRES依存的翻訳にのみ着目してきたが、神経特異的因子が宿主の行うcap依存的翻訳に対しても神経特異的な翻訳制御を行っている可能性も考えられる。そこで、神経特異的因子同定後は、神経特異的因子のcap依存的翻訳に対する機能についても解析し、神経特異的な新規翻訳制御機構を探索することを計画している。
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