本研究は、ウォーカー・エヴァンズの写真作品と著作に注目し、彼が晩年に提唱した「ドキュメンタリー」概念との関係を再考するものである。本年は、19世紀・20世紀のフランス文学者・芸術家がエヴァンズ作品に及ぼした影響を同定すること目的として研究をすすめた。従来の研究では、エヴァンズの制作スタイルはしばしばフランス文学、特にフロベール、ボードレールの影響とともに語られてきた。しかし、エヴァンズがフランス語で執筆した草稿を確認してゆくと、フランス滞在時のエヴァンズはこの二人の作家に対する特別な関心を示しておらず、むしろ以下の2つのテーマへの関心を見て取ることができた。それは、1、エヴァンズの母語である英語を介さずに、フランス語で直接詩情を表現することへの欲望と、2、ジャン・コクトーの演劇と文学における鏡のモチーフへの傾倒である。第一の点に関しては、この自己と対象との間に直接性を求める感覚、あるいは自らが透明な媒介者であろうとする態度は、エヴァンズにおける「ドキュメンタリー」の基盤をなす観念であるが、当時彼が文学の領域において使用していたフランス語というメディウムとの関係のなかで生み出された問題系であることがわかった。第二の点に関しては、従来の研究において言及されることは少ないものの、エヴァンズはフランス滞在中にジャン・コクトーの作品を読み、演劇『オルフェ』の初演を鑑賞していることが、草稿研究から判明した。コクトーはエヴァンズのフランス滞在と同時期に『オルフェ』や『鳥刺しジャンの悲劇』へとつながる鏡の主題を発見しているが、同時期にエヴァンズが制作したセルフ・ポートレートが鏡を使った作品であるという事実を鑑みれば、エヴァンズの最初期の作品におけるコクトーの影響が大きいことがわかる。本研究の意義は、このように、エヴァンズのフランス滞在期の歴史的位置付けの欠落を補ったことにある。
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