研究課題
2011年に発生した東北地方太平洋沖地震と,それに伴う津波により,東北の沿岸生態系は大規模な攪乱を受けた.津波による攪乱後の海底の群集遷移については,共同研究者の研究などにより,知見が蓄積されてきている.例えば,宮城県女川湾の水深20 mの地点で環形動物(ゴカイの仲間)の群集構造を調査した研究では,攪乱前は群集構造が安定していたが,2011年の津波直後に個体数密度が激減し,その後2011年6月以降に攪乱前とは異なる科が優占する群集になったことが分かっている.その一方で,津波のように,広範囲にわたり既存の生物群集にダメージを与える大規模な攪乱の後に,新しく出現した生物がどこからやってきたのか,ということはほとんど分かっていない. そこで,私は宮城県女川湾で津波後に卓越した環形動物が,どこからやってきたか(どの湾と遺伝的に近縁であるか)を明らかにすることを目的として研究を行った.エリタケフシゴカイ Clymenella collaris という種について,ミトコンドリア遺伝子のCOI領域と次世代シークエンサーを使ったゲノムから塩基置換を探索するMIG-seq法を用いて,東北地方の4つの湾の集団間で遺伝的分化の程度を調べた.COIでは,釜石湾より北のエリタケフシゴカイ(山田湾・大槌湾・釜石湾)は,ある1つのハプロタイプが卓越し,他には数個体から数種類が得られたのみであった.その一方で,女川湾では1つのハプロタイプが卓越することはなく様々なハプロタイプが確認された.MIG-seq法の解析の結果,各湾の遺伝的集団の間に明確といえる差は検出されなかった.COIとMIG-seq法ではやや異なる傾向が見られた理由については,これから議論を深める必要がある.本研究成果は,国際学会て口頭発表した.
2: おおむね順調に進展している
本年度は,東北地方の環形動物1種について,遺伝的集団構造の解析を行った.採集を行ったが,対象種と近縁である環形動物しか得られなかった地点があり,予定していた採集地点より少ない地点の標本のみで解析を行った.研究計画の当初予定していたCOI領域に加えて,MIG-seq法による解析を行うことができた.全体としては,研究計画は概ね順調に進展していると判断できる.
今年度は,東北地方における環形動物1種について,湾の間で遺伝的集団構造について研究を行った.今後は,次の4項目を中心に研究を進める予定である:1)COIとMIG-seq法を用いた解析で,やや異なる結果が得られたのはなぜか;2)東北以外の分布域も解析に含めるとどのような結果が得られるか;3)津波以前の遺伝的集団構造はどのようであったか;4)他の環形動物の種ではどのような傾向が見られるか.各項目の内容について,以下に記述する.1)ミトコンドリア遺伝子と核遺伝子を対象にした解析では,時折,齟齬が見られることが知られている.これを確かめるため,追加でミトコンドリア遺伝子1領域と,特定の核遺伝子1領域の解析を行い,これまでに得られている結果と合わせて考察を行う.2)解析に用いたエリタケフシゴカイは,関東地方まで生息していることが知られている.現在,所持している東京湾の標本に加え,関東地方で追加の採集を行い,追加したサンプルを用いて,より広い範囲で遺伝的集団構造の解析を行う.3)今回研究に用いたのは,津波後の標本のみであり,津波以前にエリタケフシゴカイの遺伝的集団構造がどのようであったかは不明である.大槌湾と女川湾では,ホルマリンで固定された津波以前の標本が利用可能である.特定の遺伝子領域の配列を取得することは困難であるが,核遺伝子を広く対象とするMIG-seq法を用いれば,多少の情報量は得られる可能性があるため,解析を行う.4)本研究では,津波後に女川湾で卓越した1種について研究を行った.他に特徴的な個体群動態を示した環形動物についても,同様の解析を行い,エリタケフシゴカイに見られた遺伝的集団の分化の傾向が一般的なものかどうか,考察を深める.以上の研究を行い,これまで得られた成果と合わせて,津波後の底生環形動物の集団間の交流について総合的に考察を行う.
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