研究課題
申請者は生体内での有機化学反応による疾患治療を目指した触媒開発研究を行ってきた。昨年まで行ってきた「がん」治療を志向した触媒開発研究において生体内反応に向けた改良型触媒の開発を目指していたものの、生体内グルタチオンに耐性を持つ活性触媒の開発は達成できず、断念した。一方で所属研究室では凝集アミロイドβの光酸素化触媒の開発研究を行っており、申請者はその知見をもとに触媒構造を生体適応性の高い構造へと改変することで、同様に疾患治療へ応用可能な触媒を開発できるのではないかと考えた。アルツハイマー病は脳の萎縮とともに認知機能の低下を引き起こす、認知症の主たる原因疾患であり、大きな社会問題となっている。その中で、アミロイドβ(Aβ)はアルツハイマー病の原因物質と考えられており、Aβの凝集を阻害することはアルツハイマー病治療に繋がると期待されている。所属研究室で開発された光酸素化触媒は、凝集Aβへの高選択性を示し、細胞毒性が低く、更にその電子ドナー・アクセプター・ドナー構造により組織透過性の高い660 nmの高波長光での励起が可能であり、疾患治療に向けて有望な触媒であった。一方で、本触媒はその高分子量・高脂溶性のため血液脳関門を通過せず、静脈注射を介したマウス脳内での酸素化は困難であった。申請者はそこで治療への応用を見据え、低分子量・適度な脂溶性で、従来の触媒と同様の高酸素化活性を持つ触媒の開発を行ってきた。申請者は構造と血液脳関門透過能や代謝安定性の相関を評価することで、臨床応用に向けた触媒構造に必須な要素を見出した。それらの結果をもとに新たな触媒を合成した結果、高い酸素化活性・Aβへの選択性を持つだけでなく、血液脳関門透過能を持つ触媒の開発に成功した。
2: おおむね順調に進展している
所属研究室では新規治療概念の開拓を目指し、有機分子触媒を用いた触媒反応によるペプチド・タンパク質の修飾反応の開発を行ってきた。それらの開発は順調に行われてきたものの、in vitroの系や非侵襲的な手法に依存した実験系にとどまっており、臨床治療に向けては未だ課題を残していた。申請者はアルツハイマー病治療を目指したアミロイドβ選択的光酸素化触媒の臨床への応用に向け、血液脳関門透過能をもちながら脳内でアミロイドβ選択的な酸素化を進行させる触媒の開発を行ってきた。申請者はまず、既存の触媒が血液脳関門透過能を持たない理由として化合物の脂溶性や分子量が高くなってしまっていることに起因していると考え、構造-血液脳関門透過能・安定性相関を網羅的に評価し、触媒に必要な要素を特定した。この知見をもとに分子量・脂溶性を低減させた新たな触媒開発に成功した。本触媒は従来の触媒と同様の高い活性・選択性をもちながら、高い代謝安定性を示し、マウスを用いた実験に於いて血液脳関門透過能が確認された。本結果は光酸素化触媒を用いたアルツハイマー病治療に向けた大きな進歩であり、新たな治療概念の確立へと大きく前進していると考えられる。
アルツハイマー型モデルマウスを用いた脳内での凝集アミロイドβの酸素化や毒性低減に向けて研究を行っていく予定である。まずは非侵襲的手法を用いて脳内に直接LEDを導入することで静脈注射を介した反応が進行するか評価を行う。その後、外部からの光照射による反応の進行を評価する。後者の反応が進行しなかった場合、光が十分に組織や頭蓋骨を透過せず①光照射による反応が治療に適していない可能性と②触媒の励起波長が短いためにより高波長光の応用が必要である可能性の2つが考えられる。①に対する対処法として、光励起以外の手法を用いた触媒の活性化を試みる。申請者は新触媒が超音波による活性化も可能であることを確認しており、より組織透過性の高い超音波を用いた治療を試みる。また②に対する対処法としては、新たな触媒構造の開発を行う。低分子量ながら高波長光を吸収できる構造を分子内に導入することで700~800nmの光を用いて活性化できる触媒の開発を行う予定である。
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Nature Chemistry
巻: 10 ページ: 938~945
doi.org/10.1038/s41557-018-0084-x