研究課題/領域番号 |
17J07402
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
井下 拓真 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | シナプス可塑性 / 運動学習 / 小脳 / 長期抑圧 / 視機性眼球運動 / 片葉 |
研究実績の概要 |
滑らかな運動の制御とその学習を行う小脳に注目し、小脳運動学習の細胞的基盤と考えられている平行線維-プルキンエ細胞間シナプス(PF-PNシナプス)で起こるシナプス可塑性の運動学習時の発現に関する研究を行った。具体的には、小脳依存的運動学習モデルとして、広く用いられている視機性眼球運動(OKR)の適応をマウスに誘導し、OKR適応誘導直後のマウスから小脳切片を作成して、パッチクランプ法によりPF-PNシナプスの機能を調べた。その結果、OKR適応後のマウスでは、単位応答振幅の減少とLTD誘導の抑制が、OKR適応を制御しているとされている小脳片葉のPF-PNシナプスにおいて認められた。また、OKR適応に関与しない小脳傍片葉では単位応答振幅やLTD誘導に有意な違いは認められなかった。更に、小脳片葉における実験は一部を、動物がOKR誘導後であるか否かを電気生理学実験者が判断できない条件でデータの取得、解析を行った(ブラインド実験)。ブラインド実験であっても同様の傾向が認められ、実験者バイアスや眼球運動測定のための手術などによる変化でないことが示された。以上の結果は、OKR適応誘導によって、その適応に関わるPF-PNシナプス特異的に情報伝達効率の減弱が起こったことを示唆し、OKR適応誘導時にLTDが発現したために追加のLTD発現が閉塞したと考えられる。したがって、運動学習モデルの一つであるOKR適応の際に、小脳PF-PNシナプスでLTDが発現していることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「運動学習時に小脳PF-PNシナプスでLTDが発現しているか否か」という問いに対して、運動学習中のLTD発現を示唆する多方面からの結果を出すことができた。また、ネガティブコントロール実験やブラインド実験を行い結果の補強をすることができた。本年度で得られた結果は、ある種の運動学習時にその学習を制御するシナプス特異的にLTDが起こっていることを示す重要な研究成果である。この成果は、論文としてeLifeという評価の高いジャーナル誌に受理され、すでに公開されている。本年度で様々な実験を行い、論文としてまとめられたことは評価に値すると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
マウスに運動学習を行わせ、その後脳切片を作成してパッチクランプ法によりシナプスの機能を調べるというこれまでに行った実験手法を用いて、OKR適応以外の運動学習やLTD以外のシナプス可塑性発現の有無・程度について調べる。まずは、小脳抑制性介在細胞-プルキンエ細胞間シナプスで起こる情報伝達効率の長期増強(RP)について調べる。先行研究では、RPが阻害されたマウスでOKR適応は正常に起こるが、動物自身の動きに反応して視野のぶれを抑える反射である前庭動眼反射(VOR)の適応には異常が認められている。この結果は、RPがVOR適応時のみに起こりOKR適応時には起こらない、運動学習内容によるシナプス可塑性の使い分けがあることを示唆している。このようなシナプス可塑性の使い分けに関する細胞レベルでの報告はなされておらず、重要な課題と考えられる。VOR適応はOKR適応と同様に片葉で制御されているため、OKR適応時のLTD発現を調べた手法を流用できる。具体的には、OKR、VOR適応をそれぞれ誘導したマウスから小脳片葉切片を作成し、プルキンエ細胞にホールセルパッチクランプを行う。阻害薬を用いて興奮性シナプス入力を阻害することで、抑制性シナプス応答のみを記録する。テトロドトキシンを用いて神経発火を阻害することで、一定強度の入力が起こる状況をつくり、その入力に対する応答(mIPSC)を記録して、シナプスの応答性を評価する。また、強力な脱分極刺激によりシナプス可塑性を誘導し、応答の大きさや頻度の変化を調べる。そこで得られた結果から、運動学習時の小脳におけるRP発現の有無について考察する。また、興奮性・抑制性シナプス可塑性についての結果を考え合わせ、OKR適応とVOR適応という異なる学習内容によって、興奮性・抑制性シナプス可塑性を使い分けている可能性についても考察する。
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