研究実績の概要 |
安価で安定かつ効率的なヒトiPS細胞由来膵細胞の供給源開発には、膵前駆細胞の増殖機構の解明が不可欠である。第二年度では、ヒトiPS細胞由来膵前駆細胞の増殖を特異的に促進する低分子化合物AT7867の標的因子を網羅的遺伝子発現差解析から抽出し、第一年度に構築したsiRNAスクリーニング系を用いて遺伝子の特定を試みた。 遺伝子発現解析の結果、化合物処理は膵前駆細胞においてDNA複製や細胞周期、そしてヘッジホッグおよびWnt、TGFβシグナルに関わる遺伝子群の発現に影響し、細胞増殖に影響し得る計590の変動遺伝子を抽出した。これら候補遺伝子に対するsiRNAのスクリーニングの結果、計19の化合物の作用を阻害するsiRNAを得た。そのうちの一つであるWntリガンド遺伝子に対するsiRNAは再現性を持って膵前駆細胞の増殖を阻害していたことから、化合物の下流で作用する因子の一つである可能性が考えられた。リコンビナントタンパク質は生理活性が低いことから、恒常的にこのリガンドを発現するマウス線維芽細胞株3T3をフィーダー細胞として用いる共培養実験を行った。すると、コントロール株に比して細胞数が顕著に増加しており、膵前駆細胞の指標遺伝子を発現していたことから、前駆細胞の特性を維持しながら細胞を増殖させることが可能である。さらに、フィーダー細胞を用いた膵前駆細胞の継代培養を試みたところ、約50日間、10回の継代培養によって膵前駆細胞数が約1,000万倍、コントロール株と比べても約500倍以上も増加させることができた。 以上、本研究により、ヒトiPS細胞由来膵前駆細胞における化合物AT7867の下流因子としてWnt経路がその増殖に寄与している可能性を見出した。今後は、無血清完全培地の開発や増殖機序の詳細が明らかにできるものと期待され、糖尿病に対する再生医療の実現に貢献し得ると考えられる。
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