高度なスポーツパフォーマンスや精緻な運動制御を実現するためには、意思決定を適切に行うことが不可欠である。しかしながら、ヒトは失敗確率の高い運動を選択することが示されている。本研究では、ヒトの運動計画の非最適性の原因を解明し、最適な運動計画を支援する方法の開発に取り組んだ。 非最適性の原因として、1)自身の運動のばらつきを正確に把握できないという誤差分散仮説と、2)運動のばらつきと報酬情報との統合を正確に行えないベイズ統合仮説が考えられる。これらの仮説の検証のため、実験参加者が持つ運動のばらつきを可視化した上で、リスク下の運動選択課題を行って貰ったところ、リスク志向的な運動方略に改善が見られなかった。この結果から、自分自身の運動能力を正確に把握することよりも、ベイズ統合を行うための脳の計算資源に限界があることが、主原因であることが明らかとなった。 ヒトの運動は無意識の内に他者対戦相手やパートナーの運動に引き込まれ、他者の存在は運動・認知システムに大きな影響を与えることが知られている。そこで、次の検討課題では、仮想の対戦相手の存在により、最適な運動意思決定が誘導される可能性を検証した。実験参加者は、リスク下の運動選択課題をコンピュータと行い、課題終了時の総得点を争った。実験の結果、相手が強い場合には、方略に変化が見られないものの、相手がリスクに消極的な場合に、リスク志向性が低減し、最適な意思決定が達成されることが明らかとなった。またこの効果は対戦後にも部分的に維持された。 以上の研究結果から、運動能力を把握させることよりも、弱い相手を含めた多様な相手との対戦が、固定化した運動戦略の変化をもたらし、最適な意思決定および運動パフォーマンスの向上に繋がる可能性が示された。
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