ヒトを対象にした臨床研究で、貧困や虐待などのストレス経験は肥満・薬物依存症の強いリスクファクターであることが示されている。しかし、その神経回路メカニズムの多くは不明である。私は、ショウジョウバエを慢性的な貧栄養ストレス下で飼育すると、砂糖、アルコール、覚醒剤など様々な報酬刺激物質への嗜好性が顕著に増大することを見出した。ショウジョウバエは強力な遺伝学ツールにより、個々の神経細胞の機能を詳細に調べることが可能である。私はこのモデル実験系を用い、慢性ストレスが報酬刺激物質への嗜好性の変化をもたらすメカニズムの解明を試みた。 私たちの研究を含めた一連の研究により、ショウジョウバエにおいても哺乳類などと同様に、ドーパインが様々な報酬シグナルを伝達することが知られている。興味深いことに、貧栄養ストレスを経験したハエではシナプスにおけるドーパミン産生酵素と興奮性のD1型ドーパミン受容体の量が増大しており、報酬刺激物質への感受性が高まっていることが示唆された。実際にドーパミンの神経や受容体の機能を阻害したところ、経験依存的な嗜好性の増大が消失し、ドーパミン報酬系の関与が示された。さらに、ドーパミン受容体を過剰に発現させることにより、嗜好性が増大した。以上の結果から、環境依存的なドーパミン報酬系の性質の変化が行動の変化を引き起こすことが明らかになった。
|