研究課題/領域番号 |
17J08362
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
加藤 史明 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 氷 / 水素結合 / 表面ダイナミクス / プロトン移動 / ガラス転移 |
研究実績の概要 |
氷の昇華は、微視的には氷表面水分子の脱離現象という極めて基本的な過程であるが、その機構に対する分子論的な理解は未だ得られていない。こうした状況を鑑み、H29年度までの大きな成果として、同位体混合氷の昇華に着目する独創的なアプローチで、昇華過程に対する周囲分子の効果を世界に先駆けて明らかにすると同時に、液体水や氷といった水分子凝集体で顕在化する二種の核の量子効果の競合を実験的に初めて見出してきた。しかし、柔らかな分子性固体である氷の昇華機構をより詳細に理解するには、その反応場である氷表面の動的な振る舞いを明らかにする事も極めて重要である。そこで、H30年度は「プロトン移動過程」に着目し、氷表面と氷内部のプロトンの運動性の違いを精査した。 分子スケールで起こるプロトン移動は、H/D交換反応(H2O+D2O⇔2HDO)を用いて可視化できる。そこで、清浄なPt(111)基板上に同位体積層D2O/H2O氷薄膜を結晶成長させ、表面敏感な等温脱離(ITD)とバルク敏感な赤外反射吸収分光(IRAS)の同時計測を行い、同反応の進行を観測した。両手法に基づき、反応進行度の時間変化を評価し比較したところ、ITDで観測している氷表面の方がH/D交換反応の進行が速いことが明らかとなった。さらに、反応速度方程式に基づく一連の解析の結果、氷表面近傍のプロトン移動速度定数は氷内部に比べて1~2桁大きいことが明らかとなった。これは、氷表面の水分子は内部に比べて低配位であるが故に束縛が弱く、並進変位が大きい事に起因すると考えられる。 さらに本年度は、この研究をアモルファス氷へと応用し、「プロトン移動(H/D交換反応)」と「結晶化」の相関についても検討した。その結果、氷内でのプロトン移動が結晶化の進行前に十分活性化されている事を見出し、氷のガラス転移に伴うプロトン移動の促進を直接観測することにも成功している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
H29年度までに、独創的なアプローチに基づき、昇華過程に対する周囲分子の効果を世界に先駆けて明らかにすると同時に、水分子凝集体で顕在化する二種の核の量子効果の競合を実験的に初めて見出してきた。H30年度は、氷の昇華の反応場である氷表面の動的な振る舞いを理解すべく、表面プロトンダイナミクスを精査した。表面敏感な等温脱離(ITD)とバルク敏感な赤外反射吸収分光(IRAS)の同時計測に基づき、氷表面・氷内部のプロトン移動を同時観測する手法を独自に確立し、氷表面におけるプロトン移動は氷内部に比べて桁で速いことを定量的かつ直接的に示すことに成功した。更に、アモルファス氷のガラス転移に伴うプロトン移動の促進を直接観測することにも成功するという予期していなかった成果も得られており、当初の計画以上に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、蒸着条件(蒸着基板・蒸着温度)を系統的に変化させた同位体混合氷の昇温脱離(TPD)測定を行い、昇華過程の協同性を変調する蒸着条件を明らかにする。H29年度に精査したPt(111)基板に加えて複数のモデル基板で検証し、蒸着温度の制御で結晶氷とアモルファス氷を作り分ける。 その後、H30年度に氷表面のプロトンダイナミクスに関する研究遂行と同時に立ち上げた、赤外反射吸収分光(IRAS)、和周波発生振動分光(SFG)、TPDの同時計測を可能とする装置を利用し、氷最表面のダングリングボンドとサブサーフェスの水素結合バンドをブロードバンドSFG分光で計測しつつ、IRASで氷試料全体の各バンドも同時計測し、氷バルク・氷表面の振動スペクトルの同位体効果を精査する。その後、特に精査が必要と判断した蒸着条件について、X線光電子分光(XPS)に加え、走査型トンネル顕微鏡(STM)・原子間力顕微鏡(AFM)も適宜併用し、氷薄膜のモルフォロジーを評価する。
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