氷の昇華は、微視的には氷表面水分子の脱離現象という極めて基本的な過程であるが、その機構に対する分子論的な理解は得られていない。こうした状況を鑑み、H30年度までの成果として、同位体混合氷の昇華に着目する独創的なアプローチで、昇華過程に対する周囲分子の効果を世界に先駆けて明らかにすると同時に、液体水や氷といった水分子凝集体で顕在化する二種の核の量子効果の競合を実験的に初めて見出してきた。また、柔らかな分子性固体である氷の昇華機構をより詳細に理解するには、その反応場である氷表面の動的な振る舞いを明らかにする事も重要である。そこで、令和元年度はH30年度に引き続き「水分子間のプロトン移動」に着目し、昇華が起こる温度領域での氷表面・内部のプロトンの運動性の違いを精査した。 水分子間のH/D交換反応(H2O+D2O⇔2HDO)はプロトンダイナミクスを調べる良い手段となる。本研究では、Pt(111)基板上に同位体積層D2O/H2O氷薄膜を結晶成長させ、表面敏感な等温脱離法とバルク敏感な赤外反射吸収分光法の同時計測を行い、同氷表面・内部におけるH/D交換反応を同時観測した。一連の実験結果をH/D交換・自己拡散・脱離の全過程を考慮した速度論モデルに基づき解析した結果、氷最表面層でのH/D交換速度定数は氷内部層に比べ最低3桁以上高い事が初めて定量的に明らかとなった。氷表面のプロトン移動度は、氷内部に比べ数桁高い事が理論的に示されている。よって本結果は、自己プロトリシス過程が氷表面で劇的に促進され、プロトンの低移動度を上回る高濃度が氷表面で実現する事を意味している。これは氷表面の柔らかで動的な低配位水素結合構造の観点で説明される。これらの成果は、氷昇華の反応場である氷表面自身の理解を推し進めると同時に、極域成層圏や星間空間でのプロトンの関わる氷表面化学反応の理解の重要な礎ともなる知見である。
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