研究課題/領域番号 |
17J08368
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
平野 高大 総合研究大学院大学, 生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 精子形成 / 温度 / マウス / 鳥類 / 恒温動物 / 減数分裂 |
研究実績の概要 |
哺乳類精子形成は腹腔(38度)よりも低温環境(34度)で進行する。低温で進行することが正常な精子形成に必要と言われてきたが、精子形成と温度の関係を正確に検証することは技術的に不可能であった。本研究では、マウス精巣器官培養系を用いることによってそれを実現した。昨年度までに、温度のみの影響で精子形成障害が引き起こされること、今まで漠然と高温障害と言われてきた現象が、分化段階ごとに異なる温度閾値が存在する複合現象であることを明らかにした。 本年度は昨年度に引き続き、様々な温度環境下で精巣片の培養を行ない、それぞれの温度で各分化段階の生殖細胞が受ける障害の詳細な記載を完了した。特に、36度で培養した場合、生殖細胞は円形精子細胞までしか分化しないことを新たに見出した。また、昨年度までに見出していた、減数分裂の進行に温度が与える影響に特に注目して解析を行い、腹腔の温度(37度と38度)では染色体の対合過程に障害が生じることを示唆する結果を得た。この染色体対合不全を伴う精子形成障害は、トランスポゾン活性が異常に上昇する変異体の表現形に類似していることに注目し、高温ではトランズポゾンの異常上昇が起こると言う仮説を立て、これを検証した。トランスポゾンの発現やそれによって起こるDNA二重鎖切断の頻度を解析した結果は、高温精子形成障害におけるトランスポゾンの関与を否定するものであった。これは、高温による精子形成障害、特に染色体対合不全に至る未知のメカニズムが存在することを示唆するもので、興味深い。
これらの成果は、哺乳類精子形成が低温で進行する生物学的意義の解明に深く寄与すると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度までに行った予備的な実験の結果、以下のような示唆が得られていた。 ①34度で精巣片を5週間培養した場合、生殖細胞は最終段階の伸長精子細胞まで分化する。②37度の場合、最も分化した生殖細胞は後期精母細胞となる。③38度の場合、最も分化した生殖細胞は初期精母細胞となる。④40度の場合、全ての生殖細胞が失われる。 そこで平成30年度は上記に加えて、36度環境で同様の実験を行なった。その結果、最も分化した生殖細胞は円形精子細胞であった。これにより、温度のみの影響で精子形成障害が引き起こされることがより詳細に明らかとなった。 高温条件が減数分裂に与える影響を詳細に調べるために、染色体スプレット法を用いて解析を行った。その結果、37度と38度の高温環境下で培養した精母細胞には染色体対合不全が生じることを示唆するデータを得た。 生殖細胞においてトランスポゾンを抑制する機能を失った変異マウスは染色体対合不全をもたらすことがよく知られている。そこで高温環境下の染色体対合不全はトランスポゾンによるDNA損傷が原因とする仮説を立てた。この仮説を検証するために、生殖細胞での発現がよく知られているレトロトランスポゾン(LINE1)の発現を34度、37度、38度で培養した精巣片で免疫染色法を用いて調べた。その結果、LINE1の発現に温度依存性がないことを示唆する予備データを得た。さらに温度依存的な精母細胞におけるトランスポゾンによるDNA損傷の有無を検証するために、DMC1 foci(減数分裂期のDNA損傷マーカー)の数を定量し、比較した。その結果、34度、37度、38度のいずれの温度環境においてもDNA損傷の程度に違いがないことを示唆するデータを得た。これらの結果は高温環境がもたらす染色体対合不全にトランスポゾンによるDNA損傷が関与しないことを示唆した。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度までの成果により、哺乳類の精子形成は温度のみの影響で精子形成障害が引き起こされることが証明されたと考えている。さらに、わずか1度の温度差が、明確に異なる精子形成障害を引き起こすことは興味深い。 平成31年度はこれらの成果を受け、引き続き温度変化に応答して精子形成を停止させるメカニズムの探索を行う。既知の温度センサータンパク質分子で、わずか1度の温度差を感受できるものは知られていない上に、温度センサーとして機能するTrpv1, Tripv4変異体及びこれらの2重変異体を用いた解析の結果は、これらが精子形成の構音障害における温度センサーとして機能していないことが示唆している(未発表データ)。 そこで計画に従い、哺乳類と鳥類の精巣を様々な温度で培養した時の網羅的な遺伝子発現プロファイルをオーソログ解析により比較することで、哺乳類精子形成の温度感受性を引き起こす新規分子メカニズムの解明に挑戦する。 また昨年度までに、特定の温度によって引き起こされる精子形成障害の特徴の詳細な記載を達成した。本年度はこれらの結果を土台とすることで、温度のみの影響で生じる精子形成障害と類似した異常を示す変異マウスを検索する精度は昨年度よりも向上することが期待される。その結果、該当した変異マウスの原因遺伝子と高温精子形成障害の関係を評価したい。 また本年度までに得た新たな知見を発表する科学論文を投稿する。
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