研究課題/領域番号 |
17J08579
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研究機関 | 北九州市立大学 |
研究代表者 |
宮本 大輔 北九州市立大学, 北九州市立大学大学院 国際環境工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | iPS細胞スフェロイド / マイクロウェルチップ / 微小酸素環境 / Wnt5a/AKTシグナル伝達 / 分化スイッチング現象 / 増殖 |
研究実績の概要 |
独自のマイクロウェルチップ技術を利用して iPS スフェロイド近傍の酸素環境を変化させ、酸素環境の変動と幹細胞分化特性の相関性について評価した。 まず、スフェロイド近傍の酸素濃度と細胞特性の関係性を評価する予備検討として、肝細胞スフェロイドのマイクロパターニング培養を用いて隣接するスフェロイド間距離と酸素濃度の関係を評価した。その結果、隣接するスフェロイド間距離が狭まるにつれてスフェロイド近傍の酸素濃度は徐々に低下していき、その距離が500μm以下になると細胞内の嫌気的代謝が増大するとともに細胞増殖能が抑制されることを見出した。つまり隣接するスフェロイド間で発生する酸素濃度勾配によってスフェロイド特性に違いが乗じることが考えられる。 そこでiPSスフェロイド近傍の酸素環境と分化特性の関係性を更に詳細に明らかにするため、酸素非透過性基板(ポリメチルメタクリレート:PMMA)と酸素供給量がおよそ15倍向上する酸素透過性基板(ポリジメチルシロキサン;PDMS)を用いてiPSスフェロイド培養を行った。両基板における分化特性を比較すると、PDMS基板条件のiPSスフェロイドは血管系細胞への分化が促進されたのに対し、PMMA基板条件では肝細胞系への分化が促進されることが明らかになった。さらに、この分化スイッチング現象を起こす細胞内シグナル伝達を探索した結果、細胞が自己分泌するタンパク質であるWnt5aの発現に変動がみられ、その下流に位置する細胞内酵素であるAKTの作用が血管系細胞と肝細胞への分化を調節している可能性を見出した。 以上の結果より、スフェロイド間相互作用の本質は近傍の酸素濃度であり、この酸素環境の違いによって発生するWnt5a/AKTシグナル伝達によってiPSスフェロイドの分化スイッチング現象を支配している可能性を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の目標は、スフェロイド間相互作用の本質が酸素であることの実証ならびに酸素環境に依存した細胞分化スイッチング現象のメカニズムを解明することであった。 本年度の取り組みにおいて、スフェロイド近傍の酸素濃度と細胞特性の関係性を評価し、iPSスフェロイドの分化スイッチング現象を引き起こす細胞内シグナル経路を明らかにすることができた。具体的には隣接する肝細胞スフェロイド間では酸素濃度が低下していき、細胞増殖能(増殖性や基礎代謝活性など)に影響をもたらした。さらに、iPSスフェロイド近傍の酸素濃度変化は細胞内シグナル経路の一つであるWnt5a/AKT-1シグナルの活性に関与しており、このシグナルによって肝細胞と血管系細胞分化の分化スイッチング現象を引き起こす可能性を明らかにした。すなわち、この結果から、幹細胞スフェロイド分化スイッチング現象は周辺酸素環境の変化によってあらゆるスフェロイド(iPS細胞と肝細胞)において発生する共通な現象であることを実証した。特に、酸素環境とWnt5a/AKTシグナル伝達の関係性を明らかにした点は大きな収穫であり、これらの結果は幹細胞スフェロイド近傍の酸素環境制御の重要性と本研究の発想である酸素環境依存した共通の細胞シグナル伝達の手掛かりを示すものである。 これらの実施内容は当初の計画通りに進行しており、本研究目標の第1段階をクリアした。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の成果をもとに、MSC/NSCスフェロイドの分化特性と酸素環境の相関性、ならびにiPS/MSC/NSCスフェロイドに共通した酸素応答性細胞内シグナル経路の探索を試みるため、以下の2つの検討を実施する。 (1)MSC/NSCスフェロイドの分化特性と酸素環境の相関性の評価:iPSスフェロイド培養で確立した培養基板条件を利用してMSC/NSCスフェロイドを培養し、酸素環境と細胞分化の関係を遺伝子解析及びフローサイトメトリーを用いて定量解析する。また、スフェロイド内部の分化状態およびスフェロイド近傍の酸素環境の測定を行い、酸素環境と分化特性の関係性も明らかにする。 (2)iPS/MSC/NSCスフェロイドに共通した酸素応答性細胞内シグナル経路の探索:iPS/MSC/NSCスフェロイドに共通した酸素応答性細胞内シグナル経路の探索として、まずはWnt5a/AKTシグナル経路を中心にその発現状態を解析するとともに、阻害剤添加実験によってその効果を実証する。もしWnt5a/AKTシグナルとの相関性が低い場合は、他のシグナル系(MAPKシグナルやPI3Kシグナルなど)へと評価対象を拡張し、酸素環境の違いによって変動する細胞内シグナル経路を同定する。
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