われわれはこれまでの研究で、細胞性粘菌において接触した細胞を追従する仕組みが備わっていることを明らかにした。当該年度は、予定柄細胞と予定胞子細胞に分化した後に起こる細胞選別現象を、追従運動と走化性運動の組み合わせから理解することを目的とした。精製した接着分子により接触シグナルを再構成し、cAMPの濃度勾配をガラスニードルにより人為的に与えると、予定胞子細胞は接触シグナルを優先しやすいのに対し、予定柄細胞は走化性シグナルを優先しやすい傾向にあることを見出していた。そこで自発的な仮足形成に注目すると、予定胞子細胞は単一仮足の形成を繰り返すのに対し予定柄細胞は複数の仮足を同時にいくつも形成しやすいことが分かった。このような動態は集合塊中でも観察された。仮足の形成しやすさは後端形成の弱さと関係するという仮説を立て、実際に後端形成に関わるミオシンIIのアクチン皮層への集積を調べたところ、予定柄細胞ではミオシンIIの集積レベルが低いことがわかった。仮足を形成しやすい予定柄細胞は、偶発的に生じたcAMP勾配に向かう仮足が成長するためcAMPに応答しやすいという仮説を提案した。以上の結果は投稿論文としてまとめ、米国科学アカデミー紀要に掲載された。さらなる発展として、微小流路を用いた細胞選別の観察と定量解析を試みた。すると、単層の集合塊では分化は起きるが細胞選別が起きず、むしろ2-3細胞積み重なる状態だと細胞選別が起きることがわかった。また、2-3細胞が積み重なる状況下でも、集合塊が小さすぎると細胞選別が起きないことがわかり、細胞選別における空間構造依存性という非自明な性質があぶり出された。自己組織的多細胞体形成の定量解析は今後ますます展開されていくと予想され、本研究はその端緒を開くものであると期待している。
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