研究実績の概要 |
本研究は①薬剤疫学研究, ②生物情報学(バイオインフォマティクス)研究, ③実験薬理学研究, ④臨床研究の4領域を統合することで, 基礎から臨床まで裏付けられた新たな薬物有害事象低減策の提示を目指すものである. 初年度は①の薬剤疫学研究用に新たにコンピュータを購入し, 医薬品有害事象ビッグデータFAERSの解析環境を構築した. 2004年第一四半期から2017年第二四半期までの累計9,553,117件の報告をSQLデータベースに取り込み, 重複症例を除外することで計7,939,335人のデータセットを得た. 薬物名はライフサイエンス辞書(LSD)シソーラスを活用することで, 58万種類の薬物名を5547種の薬理活性成分名に統一した. このFAERSデータベースの解析により, 「オランザピンにより引き起こされる糖尿病はビタミンD製剤の併用により抑制できる」という仮説が得られ, 培養骨格筋細胞を用いたグルコース取り込み試験③により, この仮説の妥当性が証明された. 抗精神病薬オランザピン投与中の血糖値上昇による糖尿病性ケトアシドーシス・糖尿病性昏睡は臨床上大きな問題となっているが, 本研究結果から, ビタミンD併用という安全・安価・簡便な手法で予防できる可能性が示唆された. この他, ②の分子メカニズムに関する仮説導出法として, 京都大学化学研究所スーパーコンピュータシステムのDiscovery Studioを活用した分子ドッキングシミュレーションを新たに導入し, 薬物作用点の探索手法の確立を進めている状況である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
薬剤疫学データベースの解析環境の構築①は予定通り進めることができた. FAERSを用いた薬物有害事象交絡因子の探索手法については, 一般化線形モデルを適用することで仮説生成アルゴリズムの改良に成功している. 時系列情報や母数情報の不足といったFAERSの欠点については, 新たに導入した日本医療情報センター(JMDC)のレセプトデータベースの解析結果からある程度解決できる見込みが得られている. これまでに, オランザピン誘発糖尿病を含む複数の薬物有害反応の対策法についてFAERSデータベース解析から仮説を立てており, それらの全てにおいて薬理学的実験検証③に成功している状況である. 一方で, ④の臨床研究については研究がほとんど進展していない. 前向き臨床試験を実施するよりも先に電子カルテの後向き調査が必要だと考え, 京都大学医学部付属病院の電子カルテシステム(KING6)の閲覧・調査について研究計画を申請し, 京都大学医の倫理委員会からの承認を得るところまでは進めることができたが, 匿名化・個人情報保護への配慮の点から, 具体的な解析を実施する状況には至っていない.
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今後の研究の推進方策 |
まずは①の薬剤疫学研究結果の可視化・表現方法の改良に取り組み, 解析手法及びその特徴に関してこれまでに得られた知見をまとめる. 続いて, ②の分子メカニズムに関する仮説導出法として, Connectivity MapやOpen TG-GATEsといった薬物投与後の遺伝子発現変動データベースの解析を導入し, ①の解析結果との統合を図る. ③の薬理学的実験検証については実験条件をより臨床に近づけ, ②で得られた分子メカニズムの仮説検証に取り組む. ④の臨床研究については, MID-NETやNDBといった国家規模の医療情報データベースの利活用が近年急速に推進されてきていることに注目し, これらのデータベースの解析を導入することにより臨床現場へ還元できないか構想を進める予定である.
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