前年度の研究により、犬の様々な癌に制御性T細胞 (Treg) が多数浸潤し、予後不良と関連していることが明らかになった。そこで本年度の研究では、犬の腫瘍組織へのTreg浸潤機構を検討した。次世代シーケンサーを用いたRNA-seq解析を行い、犬の悪性黒色腫における遺伝子発現を網羅的に解析した。その結果、悪性黒色腫症例では健康犬と比べて様々な遺伝子発現が大きく増減していたが、Treg浸潤に重要と考えられる分子は検出されなかった。
前年度に実施した犬の膀胱癌に対するRNA-seq解析において、human epidermal growth factor receptor 2 (HER2) の遺伝子パスウェイが顕著に活性化していることを見出した。HER2は癌遺伝子の1つで、細胞増殖に関与する受容体型チロシンキナーゼである。そこで本年度の研究では、犬膀胱癌におけるHER2を標的とした治療法の確立も試みた。初めに、正常膀胱粘膜ではHER2蛋白がほとんど発現していないのに対して、膀胱癌ではHER2蛋白が大量に発現していることを明らかにした。次に、HER2の分子標的薬 (ラパチニブ) を犬膀胱癌の細胞株および担癌モデルマウスに投与し、腫瘍細胞の増殖が抑制されることを明らかにした。そして、実際に膀胱癌に罹患した犬に対してラパチニブの臨床試験を実施した。ラパチニブの治療効果は既存の抗癌剤と同等以上であり、重篤な副作用は認めなかった。以上のことから、ラパチニブを用いた分子標的療法が犬の膀胱癌に対する新しい治療法となる可能性が示された。
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