フッサールに端を発する現象学的な方法論は、もっぱら主体の意識経験を扱いうるものにとどまり、意識の外側に実在する世界の在り方については論じ得ない、としばしば批判される。このような状況のなかで、メルロ=ポンティが実在論的な現象学をどのように理論化しようとしていたのか、それをより詳細に追跡することが、2019年度の主な課題であった。 この課題を達成するために、一昨年度にボストン大学に研究留学をした際に得られた成果や資料をまとめ直しながら、学会発表と論文投稿を行った。これらの作業におけるもっとも大きな成果は、メルロ=ポンティに現象学的な理論を紹介したグールヴィッチとメルロ=ポンティの理論を、実在論という観点から比較することができた点にある。経験において実在する「かのように」与えられる対象の特徴(すなわち、同一性や実在性)を説明する際に、グールヴィッチとメルロ=ポンティのあいだには看過しえない立場の違いが見出される。メルロ=ポンティとグールヴィッチの詳細な比較はこれまでほとんど行われてこなかったというのもあり、こうした発見が筆者の研究を大いに進展させることが期待できた。この内容をまとめた論文は、査読ののち受理され、『メルロ=ポンティ研究』に掲載されることが決まった。 次に、グールヴィッチの現象学的な理論をフッサールとの違いを強調するかたちでさらに詳しく検討し、その成果を学会で発表し論文として投稿した。こちらの論文も査読のうえ受理されることとなり、『現象学年報』に掲載される予定である。 論文を投稿した後は、メルロ=ポンティが中期にコレージュ・ド・フランスで行った講義録を読み直す作業を中心に研究を進めた。これらの作業の成果は、今年度以降に学会等で発表していく予定である。
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