研究課題
親子関係という文脈における介護体験理解は不十分であり,日本での体系的な介護者支援はほぼ存在しない。そこで本研究は,家族発達的視点から長年の親子関係に基づく介護の意味を明らかにし,介護者向け心理援助プログラムを提案することを目的としている。今年度は実母を介護する娘を対象とし,親の介護の捉え方に焦点を当てて質的分析を行った。この結果を国内の査読付き論文誌に投稿したが掲載不可となった。よって査読コメントを踏まえてサンプリングを見直し,よりリフレクシビティに配慮しながら,質的分析ソフトウェアを導入して厳密な形で再分析を行った。この再分析は,メンバーチェックやポスター発表による妥当性の確認を経て現在まで続いている。また並行して介護者向け心理援助プログラムの開発を見据え,日本およびイギリスのケアラーズカフェ・介護関連施設・介護者支援団体にてフィールドワークを行った。この結果介護者支援について考える上で当事者(介護者)の意見やネットワークづくり,掘り起こしが重要であることが示唆された。これをふまえて要介護高齢者やその家族介護者への援用を目指して当事者研究に関するワークショップの運営に携わった。日本に適合的な介護者支援の構想および当事者研究の援用については今後さらに検討していく予定である。このように,今年度は親子関係という文脈における介護体験理解の基礎となるモデルの作成を進め,また日本の介護者にとって有意味な介護者支援の開発の前提となる実態調査・国際比較を行った。これにより,次年度以降の親子関係における介護体験モデル作成,介護者支援プログラム提案の前提となる部分が示された。
3: やや遅れている
本研究は複数の質的研究と量的研究を含んでおり,今年度は母娘介護を対象とした質的研究の投稿と量的研究の実施,さらに異なる対象に焦点を当てた質的研究への着手を予定していた。しかしながら現在までの進捗状況はこれと異なっている。この理由として,第一に母娘介護を対象とした質的研究において再分析の必要が生じたことが挙げられる。具体的には投稿・査読のプロセスを経て,分析方法や態度を一から見直すべきと判断した。また研究の質を向上させるため、学会発表やメンバーチェックを通じた妥当性の検証等に時間を割く必要が生じた。さらに当初は複数行う予定であった質的調査をこの研究に一本化してサンプルを追加し,本研究課題の基礎となる重要な部分としてより厚みのある分析を行う方針へと変更した。第二に,量的調査における使用尺度の変更が挙げられる。当初予定していた質問紙調査では作成済み尺度をしようする予定であった。しかしこの尺度は測定される概念がやや曖昧であり妥当性の問題があったことから,親子関係における介護の意味について数量的に把握する上で,質的研究の再分析結果を踏まえて新たに作成した尺度を用いる方が適切と考えられた。このため量的調査には質的調査の終了を待って着手することとし,今年度は保留となった。第三に,海外視察を含むフィールド調査を行ったことが挙げられる。当初フィールド調査は次年度以降に実施する予定であった。しかし研究課題の基礎的な見直しが求められる状況が生じたため,研究目的について改めて確認するため,本研究課題が目指す介護者向け心理援助プログラムの開発につながる国内外の介護者支援に関する実態調査を行った。この結果,効果的な介護者向け心理援助について考える上で留意すべき要素が明らかになったが,計画には変更が生じることとなった。
今年度の研究の進捗は、予定よりもやや遅れる結果となった。しかしその理由は,データの再分析やデザインの変更といった本研究課題の基礎となる重要な部分の見直し・再構成であった。基本的な計画や方針・メソッドについて十分に時間をかけて点検することができたため,次年度以降は具体的な質的分析・データの追加,さらに量的研究の実施を円滑に実施することができると考える。さらに次年度以降に実施予定であった海外視察の前倒しも,当初の計画とは異なるものの,本研究課題のゴールの再確認につながった。このため,次年度以降は介護者向け心理援助を見据えた基礎研究の実施・情報収集・フィールド調査を効率的に実施することができると考える。以上の点を鑑みると、研究計画に多少の変更は生じたものの、研究の目的・方向性には変更なく着実に進行していると考えられる。今後は、まず現在行っている親子関係における介護の意味性に関する質的分析・データ収集を完了させ、その結果を論文化する。さらにこれを踏まえて尺度作成・質問し調査を行い,介護の意味とその関連要因について数量的に把握する。並行して,得られた知見に基づく介護者向け心理援助プログラムを構想していく予定である。
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東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要
巻: 41 ページ: 印刷中