研究課題/領域番号 |
17J09542
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
大庭 大 早稲田大学, 早稲田大学 政治学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 事前分配 / 社会保障 / 分配的正義論 |
研究実績の概要 |
本研究は事前分配という社会保障の提案について、実現可能性と実際の導入の見通しを踏まえた規範的構想を提示することを目指している。事前分配とは、富と所得の初期の分配状況を平等化することに焦点を当てた政策群である。そこには様々な要素があるが、その中心的機能は所得格差の縮減と普遍的現物給付の拡充である。 本研究の背景には、社会保障の再構築という実践的課題がある。新自由主義は社会保障の解体を進めたが、その再構築の指針にはなりえておらず、同時に、新自由主義を批判する立場からの明確な代替案も見えていない。本研究は、新たな望ましい社会保障の構想を示すことでこの課題に応じることを目指している。 2年目となる2018年度は、学会報告や論文掲載という形で研究の成果の公表が概ね順調に進んだ。国際学会にも積極的に応募し、2つの国際学会で報告を行った。また3年目に向けて、英国オックスフォード大学のジョナサン・ウルフ教授と連絡をとり、同大学で滞在研究を行う資格を得た。 具体的な研究内容としては、事前分配の構想について政策およびその哲学的基盤の両面から詳細を明らかにしたほか、実践的な文脈における政策判断にとって規範的・哲学的な理論が果たしうる役割についての検討を進めた。(より詳しくは下記「現在までの進捗状況」を参照。)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度は大きく以下三点について研究を進めた。第一に、事前分配の政策提案としての特徴を明確化し、所得補填や社会保険という伝統的福祉国家政策や第三の道、ベーシック・インカムなどのより近年の代替的政策との異同を明らかにした。政策内容としては所得補填に対して消極的である一方で市場の公正を維持するための規制を重視する点が事前分配に特徴的である。第二に、そのような政策内容を要請する根拠として、その背後にある規範的構想としてジョン・ロールズの財産所有のデモクラシーという構想を検討した。特に以下二点に注目し、その構想についての理解を刷新した。ひとつは、財産所有のデモクラシーの構想が「純粋手続き的正義」という発想に支えられていることである。もうひとつは、具体的施策として職業訓練が不利を抱える人にとって、市場における効率性の論理に回収されない重要な意味を持ちうることである。第三に、規範的政治理論が現実社会における政治的決定にという文脈で果たしうる役割について検討した。正義の実現に向けた、実現可能性という変数を踏まえたアプローチをいかに理論化するかという課題に取り組んでいる。 研究成果について、様々な機会に研究報告をした。主な業績として、『年報政治学』2018―II号に論文が掲載されたほか、9th Summer School on Political Philosophy and Public Policy、1st IVRJという二つの国際学会で研究報告を行った。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、英国オックスフォード大学にて滞在研究を行う。滞在研究の目的は大きく二つある。 ひとつは、本研究にとってとりわけ重要な先行研究を複数発表しているジョナサン・ウルフ教授の指導を受けながら引き続き研究を進めることである。特に3つの論点に焦点を当てる。第一に、選択肢の限定性や不確実性、時間的制約、認知的制約などの現実社会を特徴付ける状況下で、規範的価値の追及や参照がどのような積極的意義をもちうるかについて検討する。第二に、望ましい平等主義的な制度・政策設計における労働の機会と職業訓練の役割と位置づけについて検討する。分配ではなく貢献を中心に据えて社会正義を構想する「貢献的正義」のアプローチを吟味する。第三に、方法論として、規範的・哲学的な理論の探求と、より実証的な知見および実践的意義をもつ知見を接続する方法の洗練化を目指す。本研究が特に注力するのは、中程度の抽象化を用いた推論を通じて、より普遍性のある価値の次元での考慮事項を、より具体的・実践的な政策判断に効果的に組み入れる方法を確立することである。 もうひとつの目的は、国際的なアカデミアの第一線に参入することである。数式や実験データという普遍言語に依拠しない規範的政治理論や公共政策学においては、国際的な学会や学術誌において非欧米圏の学者が高い評価を得ることの障壁はいまだ大きい。最先端の研究者が集う中心のひとつであるオックスフォード大学に滞在する機会を活用して、本研究および今後の自分の研究が国際的な評価を得られるようになるための人的ネットワーク作り、最新の研究動向の把握や効果的な研究報告の作法の習得などにも取り組みたい。
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