本研究計画では、自分がどのような性に属するかという性的アイデンティティー(性自認)をはじめとした、性的指向、性表現など複数の要素からなる心の性が、脳内でどのように表現されているかを解明することを目標とした。そのためモデル動物であるげっ歯類を用いて行動科学的・神経科学的な解析を行い、心の性の動物モデルを作製したいと考えた。 行動制御に関わる脳の各部位の機能を明らかにするために、脳組織を局所的に破壊し、行動に与える影響を観察することが必要 である。そこで我々は、狭い標的部位の機能を局所的に失わせる技術の作製を試み、新たな技術「紫外線脳損傷法」を開発した。本手法では、長波長の紫外線(UV-A)を脳表面に照射することにより、神経細胞を含む照射部位の細胞の変性を引き起こし、照射部位に限局した脳損傷を作製することができる。ラットの 硬膜上に留置した光ファイバーから長波長紫外線を照射し、5日後に組織学的解析を行った結果、脳表面に釣り鐘型の局所的脳損傷が観察された。損傷部位では神経細胞の死滅がみられ、ミクログリアやアストロサイトなどが損傷の内部および周囲に集積していた。対照実験として、ハロゲン光源を用いて同様の方法で、同量の可視光を脳表に照射したが、可視光照射後にはほとんど損傷は観察されなかった。このことから、長波長紫外線(UV-A)の脳表への照射が、局所的な細胞死を引き起こしたと考えられる。また、照射量を変えることにより、損傷の大きさをコントロールできることも明らかにした。本研究成果をまとめた論文は,Scientific Reports誌に受理された。今後、この手法を用いて、局所的な損傷が、心の性に関連する社会行動に与える影響を検討したいと考えている。
|