アミノ酸は光学活性を有する。D-型アミノ酸とL-型アミノ酸は保有する官能基は同じであり構造的に類似していることから、本来生体内で利用されているL-アミノ酸の機能はD-アミノ酸によってかく乱される可能性がある。D-セリンは哺乳類の生体内で例外的に合成されているD-アミノ酸の一つであり、特に中枢神経系で神経伝達物質として機能している。その合成酵素セリンラセマーゼは多くが神経に発現する一方、D-セリンの存在は神経にとって諸刃の剣であり、報告者はこれまでにD-セリンが神経細胞死を誘導することを見出した。 研究当初はこのアポトーシスの誘導メカニズムはリン脂質の合成と組成に関係していると考えた。なぜならD-セリンを処理することにより通常の細胞膜に認められるホスファチジルL-セリンのセリン残基がD-体に変換されるからである。しかしながらホスファチジルL-セリンの添加や関連酵素の活性とは無関係に細胞死が誘導されたことから、別の原因があると考えられた。そこで本年度はtRNAとセリンからseryl-tRNAを合成し、タンパク質合成に不可欠な役割を担うseryl-tRNA synthetase (SARS)に着目して研究を行った。クロスリンク免疫沈降の結果、SARSはD-セリン依存的に結合分子が変化していた。D-セリンはSARSに直接作用することから、SARSはD-セリンを認識するセンサータンパク質であると言える。さらにD-セリンはSARS依存的にストレスシグナルを活性化することを発見した。興味深いことに、そのストレスシグナルはリン脂質合成の基本骨格としても重要なL-セリンの合成酵素の発現調節に重要な転写因子であった。 このことから、予想外にもタンパク質合成に関与するSARSがD-セリンを認識し、脂質代謝の転写調節を行う可能性を見出した。
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