研究課題/領域番号 |
17J10215
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
古畑 隆史 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 量子シーケンサー / 分子導電性 / HOMOレベル / 非天然核酸塩基 |
研究実績の概要 |
量子シーケンサーで高精度に識別可能な核酸分子群の開発には、核酸塩基の単分子導電性を支配する化学物性の理解と制御が欠かせない。前年度までに、π共役系の拡張により核酸塩基の分子導電性が大きく変化することが見いだされていた。しかしながら、上記の導電性の変化が、核酸塩基の特定の電子物性の変化によるものなのか、分子サイズや形状など構造的特徴の変化に伴うものなのか、その決定的要因は未解明であった。核酸塩基の単分子導電性の自在制御に向けた化学指針の確立に向け、本年度は核酸塩基の分子物性と導電性の相関についてより詳細な検討を行った。具体的には、単分子電気伝導の理論的背景と量子化学計算により求められる核酸塩基物性に基づき、導電性を支配する電子物性として最高被占軌道準位 (HOMOレベル) に着目し、核酸塩基のHOMOレベルと導電性の相関の系統的検証を行った。 HOMOレベルの導電性に対する寄与を選択的に抽出するため、分子サイズや環外置換基の種類、数など類似した構造的特徴を持ちながら、異なるHOMOレベルを有する一連の非天然核酸塩基を設計した。そして、核酸塩基のHOMOレベルが、量子シーケンサーの電極材料である金のフェルミ準位に近接するほど、導電性が向上する傾向にあることを見出した。また、上記非天然核酸塩基の中でも、高いHOMOレベルを有するdA類縁体である7-deaza dAが標準塩基 (dT, dC, dA, dG) からも高精度に識別可能であることを見出した。以上の結果は、核酸塩基の単分子導電性の自在制御にむけた化学的指針を与えるとともに、高導電性核酸類縁体の開発が高精度に識別可能な核酸分子群の開発に極めて有効であることを実証するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題である「単分子計測技術で高精度に識別可能な核酸塩基群の開発」に向け、単分子導電性を支配する化学物性の検討を進めた。核酸塩基の単分子導電性を支配する要因として、核酸塩基の電子物性、核酸塩基と金電極の電子的カップリングの2つが考えられる。本年度は、分子サイズや形状など構造的特徴を変化させることなくHOMOレベルのみを変調する分子設計により、核酸塩基の導電性に与える電子物性としてHOMOレベルの寄与の選択的抽出に成功した。以上から、当初の予定通り核酸塩基の導電性に重要な役割を果たす電子物性を解明するに至った。具体的には、下記のような結果を得ている。 ・一連のdA類縁体とdG類縁体の単分子電気伝導計測により、HOMOレベルが金のフェルミ準位に近接するほど導電性が高くなる傾向を見出した。 ・7-deaza dAは天然の標準核酸塩基に比べて特に高い導電性を示し、それらから高精度に識別可能であった。 以上の結果は、HOMOレベルに基づく核酸塩基の導電性制御が可能であることを実証するものであり、「単分子計測技術で高精度に識別可能な核酸塩基群の開発」に向けた具体的な化学的指針を与える重要な成果と位置付けられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までで、HOMOレベルが核酸塩基の導電性制御における重要な電子物性であることが見いだされた。一方、高いHOMOレベルを有するにも関わらず、必ずしも標準核酸塩基に比べて高い導電性を示さない核酸塩基構造も見いだされている。こうした核酸塩基の構造を詳しく見てみると、芳香族環外に、HOMOレベルの向上のために導入した電子供与性置換基を有する構造であることが分かる。このことは、環外置換基がHOMOレベルとは異なる要因で、核酸塩基の導電性を変化させていることを示唆する。量子シーケンサーの理論的背景に立ち返ると、単分子導電性は分子の電子物性、金との電子的カップリングの2つにより支配されている。これを踏まえると、環外置換基は金電極との相互作用に影響を与えることで、核酸塩基の導電性を制御する化学要因となりうることを示唆している。以上の観察を踏まえ、今後はHOMOレベルに基づく分子設計の拡張を進めるとともに、金と核酸塩基の相互作用に着目したより精密な単分子導電性制御戦略の確立を試みる。また、HOMOレベルと金と核酸塩基の相互作用に基づく分子設計により、量子シーケンサーにより網羅的解析可能な分子タグの実現に向け、大きく異なる導電性を持ち高精度に識別可能な一群の核酸塩基類縁体の実現を目指す。
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