本研究は、デング熱の主要なベクターであるネッタイシマカの様々な吸血宿主に対する短期馴化現象を人工的に誘導し、蚊の吸血宿主嗜好性が備える可塑性の分子基盤解明を目指すものである。 本年度は、吸血宿主短期馴化現象やエピジェネティクスとの関係が予想された遺伝子について、CRISPR/Cas9システムを用いたノックアウト系統の作出を過年度に引き続き試みた。しかし、本年度もノックアウト系統の作出に至らなかった。この理由として、標的とした遺伝子がネッタイシマカの生存に必須である、あるいはガイドRNAの改善など技術面の課題が考えられる。 また、過年度に各馴化系統で見出された中腸内共生細菌をネッタイシマカ成虫(メス・未吸血)へ導入することによりネッタイシマカの吸血宿主嗜好性が変化するか、特にニワトリ馴化世代で認められた中腸内細菌が当該変化を引き起こすか確かめることを目的とし、実験を行なった。まず、各馴化系統の成虫(メス・未吸血)の中腸より、アンプリコンシーケンス解析で存在が示唆された細菌を単離・培養した。続いて、16S rRNA遺伝子V3-V4領域の塩基配列を元に単離された細菌の同定を行い、Elizabethkingia属、Asaia属、Serratia属等の細菌の単離を確認した。抗生物質により中腸内細菌を除去したネッタイシマカ成虫(メス・未吸血)へ、Asaia属菌及びSerratia属菌をそれぞれ独立に経口摂取させ、ニワトリに対する被誘引能の変化を確かめた。その結果、Asaia属菌、Serratia属菌のどちらを摂取させた場合においても、ニワトリ生体への被誘引能及びその変化は認められなかった。この結果から、Asaia属菌やSerratia属菌がネッタイシマカの吸血宿主嗜好性へ影響を及ぼすとしても、他菌種と協調するか、あるいは成虫になる前の段階で行われる可能性が高いと考えられる。
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