研究課題
2018年度は7月にアゼルバイジャンのダムジリ洞窟、8月にウズベキスタンのカイナル・カマル岩陰における発掘調査に従事し、出土した動物遺存体の分析を行った。前者では中期旧石器時代から中世の連続した堆積が確認されている。とりわけ重要なのは紀元前七千年紀末の中石器時代末と紀元前六千年紀初頭の新石器時代の層が連続して見つかっていることである。それぞれの層から出土した動物遺存体の分析から、中石器時代の層では家畜利用の証拠が一切認められない一方、新石器時代になると突如として家畜動物の遺存体が動物骨アセンブリッジの主体を占めるようになる。この傾向は昨年の時点ですでに確認されていたが、資料数が少なく確実とは言い難かった。だが今年度の調査により確定することに成功し、やはり同国の位置する南コーカサスへの家畜の導入が紀元前六千年頃であることを実証することができた。カイナル・カマル岩陰においても同様の成果が得られている。当遺跡では現在のところ完新世の初頭に遡る時代から鉄器時代以降にかけての断続した堆積が確認されている。そのうち重要なのは紀元前七千年紀の層と紀元前六千年紀の層の比較で、紀元前六千年紀の層ではヒツジ/ヤギの比率が大幅に増加し、それまで見られなかったウシの遺存体も出現する。つまり、ここでも紀元前六千年紀に家畜動物が導入された可能性が指摘できる。問題は、当遺跡の出土遺物は非常に少なく、また保存状態も悪い。したがって、現在のところ出土動物遺存体の構成比以外に変化を追うことができていない。この点に関しては来年度以降の発掘に伴う資料数の増加により解決が可能であるように思われる。その他、ウズベキスタン東部のフェルガナ盆地で当地最古級の農村遺跡であるダルヴェルジンから出土した動物遺存体の分析を進めている。ここでの結果はさらに東方の東アジアへの家畜の波及についての重要な示唆を与えると期待される。
2: おおむね順調に進展している
少なくとも研究計画を立てた時点における、コーカサスと中央アジアの家畜の導入時期に関しては、実際の調査成果から明らかにすることができている。これらの成果は、理化学的な方法による実年代を伴っているという点において、極めて重要である。これによって、ようやく西アジアから東アジアへの家畜が波及するおおまかな時期を確定することができた。問題は、中央アジア東部と東アジア方面への家畜の拡散である。フェルガナ盆地の調査成果に基づくと、これにはおそらく複数のルートが存在していたことがわかってきた。具体的には西アジアから中央アジア南部を経由して東へ向かうルートと、西アジアから黒海の北へ抜け、そこから平原を進み東へ向かうルートである。少なくともフェルガナ盆地の最古の家畜を伴う遺跡は、彩文土器を伴う農耕集落と、北方アンドロノヴォ系の無文土器を伴う牧畜民の遺跡に分かれている。これらの遺跡では最初からヒツジ/ヤギ、ウシ、ウマを伴っているために一見するとほとんど変わらない。しかしおそらく両者は系統的に異なっていると考えられる。今後はこれらの関係を動物考古学的に検証することが求められる。
今後の方策として、中央アジア東部への家畜導入を中心的な研究課題として進める。視点として、黒海北側を経由したと考えられる個体と、カスピ海の南側を経由してきたと考えられる個体を系統の異なるものと仮定し、如何なる差異が見られるか動物考古学的な手法で検証したい。つまり、重要になるのは西アジアにおける初期の家畜化された個体よりも、後代の明らかに文化的系統の異なるアセンブリッジの比較である。その上で、東アジアの初期のウシ科偶蹄類家畜(ヒツジ/ヤギ/ウシ)の情報を集めていく必要がある。これらの種は全て西アジアに起源しており、中央アジアを経由してもたらされたと考えられる。一口に東アジアといっても広大な地域が広がっている為、ここでは現在までの仮説、つまり南北で異なるルートを経由して家畜がもたらされた可能性を検証する為、華北と中原以南の動物骨のデータの収集を行う必要がある。こちらに関してはまず報告書をあたり、可能であれば直接資料にあたって研究を進めたい。
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考古学ジャーナル
巻: 720 ページ: 25-29