巨大分泌タンパク質リーリンは、胎生期における脳神経細胞の移動に必須な分子として同定され、成体期においては樹状突起の成熟やシナプスの形成・機能を制御することが知られている。また、リーリンの機能低下がアルツハイマー病や統合失調症を含む精神神経疾患の発症や増悪化に寄与する。我々はこれまでに、脳でリーリンを特異的に切断・不活化する酵素ADAMTS-3を同定した。しかし、ADAMTS-3欠損マウスの表現型がリーリン以外の基質を介している可能性や、リーリン切断阻害が精神神経疾患の病態を改善できるのか等の課題や疑問が生じた。本研究では、リーリンの特異的切断の生理的意義の解明や切断阻害によるリーリン機能増強効果の検証を目的とする。 リーリンの切断部位に変異を導入したPD-KIマウスを作製・解析した結果、このマウスの大脳皮質と海馬では、胎生期から成体期まで顕著にリーリン切断が抑制されることを明らかにした。また、このマウスの脳では、リーリンの下流シグナルが活性化していること、神経細胞の樹状突起の分岐増加および伸長が生じていることを見いだした。これらPD-KIマウスの表現型は、ADAMTS-3欠損マウスの表現型と類似する。また、ADAMTS-3欠損マウスとPD-KIマウス、リーリンヘテロ欠損マウス、Dab1(リーリンの下流分子)ヘテロ変異マウスの大脳皮質において、オリゴデンドロサイト前駆細胞の数や配置に変化がみられることがわかった。 アルツハイマー病態型モデルマウスとADAMTS-3欠損マウス、PD-KIマウスをそれぞれ交配させ、大脳皮質におけるAβ沈着を、抗Aβ抗体を用いた免疫染色により観察した結果、大脳皮質を占めるAβの割合が減少した。従って、脳でリーリン切断を抑制すれば、大脳皮質におけるAβの沈着を抑制あるいは遅延できることが示唆された。
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