研究課題/領域番号 |
17J40006
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
高部 由季 首都大学東京, 理学研究科, 特別研究員(RPD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 光合成細菌 / 炭素循環 / カロテノイド |
研究実績の概要 |
以下の5研究テーマに軸に、水圏環境における酸素非発生型好気性光合成細菌 (Aerobic anoxygenic phototrophic bacteria, AAnPB) の生理生態学的研究に取り組んだ。 (1) 東京都多摩川において採取した河川水試料を用いて、赤外蛍光顕微鏡直接計数法でAAnPB細胞数の計数を行った結果として、多摩川におけるAAnPBの普遍的な分布と粒子付着性生活様式の優占を明らかにした。本研究結果は論文としてまとめ、現在投稿後査読中である。 (2) 福井県三方五湖において季節観測を行い、AAnPB現存量が大きく季節変動することを明らかにした。また、本湖のひとつである水月湖の湖水を用いた擬似現場実験を行い、湖水環境におけるAAnPBの増殖速度は海水環境に比べて遅いことを明らかにした。 (3) 愛媛県愛南町のマダイ養殖いけす海水から得たAAnPB分離培養株について、それらの系統関係を明らかにした。特に新規性の高いAAnPBについては学会発表で報告し、その記載を進めている。 (4) AAnPBのカロテノイドの役割とその進化に関して、その生化学的特性をまとめると共に、オープンアクセスのアミノ酸データベースを用いて、カロテノイド合成経路の一部で働くcrtA遺伝子について網羅的な解析を進めた。結果として、crtA遺伝子はAAnPBや通性嫌気の紅色光合成細菌、非光合成細菌も有しているが、そのホモロジーには大きな相違があり、AAnPBの有するカロテノイドにはその種類、それを有する生物種によって、カロテノイドが担う生態学的機能が異なる可能性が示唆された。本研究結果は学会にて発表を行った。 (5) 魚類養殖場海水を用いて、水温を変えた擬似現場実験系を設け、AAnPBの増殖速度は水温が上がると、非AAnPBのそれよりも有意に速くなる事を明らかにした。本研究結果は論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は、海洋、河川、湖沼といった多様な水圏環境における酸素非発生型好気性光合成細菌(Aerobic anoxygenic phototrophic bacteria, AAnPBと呼ぶ)の分布調査、現場観測、擬似現場培養実験を主に予定していたが、それらは全て予定通りに遂行され、最終年度に繋がるデータは確実に取得され、かつ海洋と河川における実験データの一部はすでに論文として国際誌に投稿しているか、もしくは学会で発表を行った。 河川として多摩川、湖沼として三方五湖において観測を進めたが、両観測点においてAAnPBの分布と現存量の大きな時空間変動が確認出来た。多摩川においては、分布と現存量だけでなく、粒子付着性という生活様式まで明らかにすることが出来た。三方五湖においては、擬似現場実験を行い、AAnPBの増殖速度に関するデータも取得出来た。 海洋においては、養殖場環境における海水試料から、簡便な色素検出技術を用いて、効率的に多数の新規好気性光合成細菌の分離培養に成功している。今回、分離培養した未知のAAnPBについては、新種記載を進めている。これらAAnPB分離培養株は、予想以上に多様で新規の株を多く含んでいた。これは、AAnPBの多様性という観点で、大変貴重な実験材料を得られたことになる。 現場観測や分離培養実験に加え、さらに当初予定していなかった、オープンアクセスのアミノ酸データベースを用いての光合成細菌に関する遺伝子情報の体系化と最新化にも着手した。今年度は、特にAAnPBのカロテノイドに着目し、他大学と共同研究で、その体系化と最新化データについてそれらの考察を深めることが出来た。今後は、AAnPBの分子系統学的多様性、生理学的多様性の評価において大きな一助となることが期待され、AAnPBという生物についての包括的理解への大きな将来性と重要性を秘めている。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までに収集したデータは、現場観測と現場水を用いた擬似現場法を中心とした環境中でのAAnPB現存量と、その増殖速度、捕食圧についてである。本研究では、地球グローバ ルな水圏環境における、細菌が駆動する物質循環の実像を解明するために、「AAnPB」という新たな担い手の光エネルギー利用能に着目している。本年度は、AAnPB を含む細菌群集の擬似現場実験における動態を調べるために、光照射下および無照射下で擬似現場実験を行い、比較を行うことを予定している。具体的には、当初はAAnPBを含む細菌全体の細胞増殖速度 (赤外蛍光顕微鏡直接計数法)、細胞呼吸量 (ウインクラー法 )、細胞増殖効率を、さらに細菌食者による被捕食量を、細菌食者を残した全現場水と、除いた濾過水とで比較する方法を考えていたが、近年確立されたStable Isotope Probing (SIP)法と次世代シーケンス (NGS) 法を合わせたSIP-NGS法を、本実験に適用することを予定している。本法の最大の利点は、基質の取り込みを行う細菌群集を標的に解析が出来ることと、そのNGSの持つ高精度の群集構造解析である。NGSは、全細菌群集を標的にした16S rRNA遺伝子と、AAnPBを標的にしたpufM遺伝子の2遺伝子で行う。更に、AAnPBの無機炭素固定能を調べるために、重炭酸ナトリウムを安定同位体ラベルした実験も予定している。これは当初、チェコ共和国で共同研究で行う予定であったが、日本国内で実験可能なSIP-NGS法を用いる。 SIP-NGS法の適用により、当初予定していたよりもより直接的で高精度のAAnPB 特有の水圏物質循環駆動への寄与量と寄与メカニズムの解明が期待出来る。
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