研究課題/領域番号 |
17J40065
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
髙須賀 圭三 慶應義塾大学, 環境情報学部, 特別研究員(RPD)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
|
キーワード | クモ / クモヒメバチ / 造網行動操作 / 寄主操作 / 産卵行動 |
研究実績の概要 |
今年度は大型のクモに様々な生理活性物質を腹部に注入し、その後張られる網の形状の定方向の変化から造網行動に関わる神経受容体の拮抗剤を推定し、造網行動の生体内分子機構を解明することを試みた。しかしながら投与成功率の低さなどの困難もあり、今のところ定方向の変化を再現できる拮抗剤候補の特定には至っていない。ただし成功率は高くないものの、一部の個体ではクモの体内へ液を物理的影響なく(投与後に健常に行動できる)インジェクションできる実験系を確立したことは収穫であり、これによって単純なケミカルスクリーニングに限らず、今後分子生物学的アプローチから得られる操作関連物質候補のバイオアッセイに適用できる(ハチ幼虫と異なり、クモは潤沢に手に入るため成功率の高低はあまり影響しない)。 一方で、現在着目しているニールセンクモヒメバチの4種目の新寄主としてシマゴミグモを新たに発見し、その造網行動操作についても観察することができた。これにより本種がもっぱらゴミグモ属Cyclosaを利用しつつ、幅の広い寄主範囲を持っていることがわかった。この成果はArachnologyに掲載された。 さらに、ニールセンクモヒメバチ幼虫を寄主クモから人為的に取り外し、別個体のクモに移植するという外科的実験に成功した。その結果、移植先のクモを操作し、本来の操作網で紡出される特徴的な装飾糸も施された。これにより、ハチ成虫による産卵時の麻酔毒注入を経験しないクモが、移植されたハチ幼虫によって操作されることが証明され、成虫毒が操作に関与しないことを裏付けた。この成果はJournal of Arachnologyに採録が決まっている。 また、クモヒメバチ類の一種であるキマダラクモヒメバチの特定寄主ニホンヒメグモに対する攻撃的産卵行動を解明した。この成果は、Journal of Zoologyに採録が決まっている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
造網行動操作(網操作)の分子機構解明という最終的な目標に対し、Genotype方向の研究はやや進展が遅れているが、Phenotype方向では重要な状況証拠を蓄積できつつある。 ニールセンクモヒメバチの新寄主として新たに記録されたシマゴミグモの操作網は、捕虫部の単純化と特異的な装飾糸の紡出という二点で、ギンメッキゴミグモのそれと全く同じ特徴を有していることが明らかとなった。ハチ側に寄主レース(寄主依存遺伝的分化)が生じているか否かは今後の課題であるが、分化がない(産卵選好性がない)と仮定すると、全く同じ操作メカニズムでもってして異なるクモ種に装飾糸付きの特徴的な網を張らせており、操作メカニズムに特定範囲ではあるが複数種に及ぶ汎用性があると言える。このことから、操作メカニズムがある程度単純である(複雑だとすれば生理の微妙に異なるクモに適用できない)という仮説が導き出せる。 さらに、ニールセンクモヒメバチとギンメッキゴミグモの寄生系を利用し、寄主クモに寄生するハチ幼虫を人為的に取り外し、接着剤によって別個体のクモに移植するという過去に類例のない外科的実験系を確立できた。その結果、移植された幼虫は発育の最終ステージにおいて移植先のクモを操作し、本来の操作網で紡出される特徴的な装飾糸も施された。これにより、ハチ成虫による産卵時の麻酔毒注入を経験しないクモが、移植されたハチ幼虫によって完全に操作されることが証明され、成虫毒が操作に関与しないことを裏付けた。
|
今後の研究の推進方策 |
Phenotype方面の研究成果との統合を図るべく、Genotype方向の研究を推進させる。 クモヒメバチ幼虫の成長時系列比較トランスクリプトーム解析による発現データは得られているが、トランスクリプトームによるリファレンス配列では発現定量解析結果がやや不安定なため、ハチ(3種)の全ゲノム配列決定も視野に入れる。同じヒメバチ科の別種でゲノムサイズが300MBに満たないことがわかっているので、サンプル要求量の少ない10x Genomics Chromium Controller + Illumina MiSeqによる短鎖配列シーケンスおよびアセンブリによって配列決定を実施し、発現定量解析を再度行う。次いで、操作フェイズで有意に変動する遺伝子の機能解析をPhenotypeとの照合もしながら行っていく。 クモの生理活性物質インジェクション実験は、微量インジェクションを可能にするマイクロインジェクターを導入し小型クモ類にも適用することで、本来の寄主であるゴミグモ類を対象として行う。特にギンメッキゴミグモは、脱皮網という明確な機能的非捕虫網を持ち、それが操作網のモデルとなっていることからも、生理活性物質によって同じ形状の網を直接的に誘発できる可能性もある。
|