本研究の目的は、自由に目を動かしながら物体を認識する際の物体の脳内表現に発火の時系列パターンが使われているかどうか検証することである。本年度は、単一および複数のニューロン活動について解析を行った。単一ニューロンの解析では、はじめて物体に目を向けた時に比べ、その後に同じ物体に目を向けた時では発火頻度の低下と、刺激選択性の向上が見られた。しかしながら、物体は複数のニューロンの発火パターンの違いによって表現されていると考えられることから、はじめて物体に目を向けた時とその後に同じ物体に目を向けた時とで複数のニューロンの発火パターンがどのように異なるのかを検証した。第一に、物体を見ている時の複数のニューロンの発火パターンを多次元ベクトルとし、異なる物体を表すベクトルがどの程度類似しているのかをcosine similarityを用いて定量した。その結果、はじめて物体に目を向けた時よりも、その後に同じ物体に目を向けた時の方が、異なる物体間でのベクトルの差が大きい(つまり、異なる物体はより区別されている)ことがわかった。第二に、同時に記録したニューロンの発火パターンを定量的に比較するため、特異値分解や、非負値行列因子分解などの、数学的手法を用いて、注視した物体ごとの複数ニューロンの発火パターンを解析した。その結果、視覚刺激提示後、はじめて物体に目を向けた時に比べ、その後に同じ物体に目を向けた時では、複数ニューロンの発火パターンが、より複雑になっていることがわかった。このことは、注視を繰り返して行く過程で、注視する物体の脳内表現がより疎で効率的なものに変化してくことを示している可能性がある。このような現象は、これまでの感覚情報処理のスキーム(刺激に対する反応としての物体の脳内表現)とは異なり、能動的な運動と感覚の協調的な働きによる予測的符号化に沿うものである。
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