本年度は、研究の最終年度であり、その成果として『ドナルド・ジャッド 風景とミニマリズム』(水声社)を主として刊行した。建築構造と美術の相互関係という横断的な問題に取り組んだ本研究は、ジャッドが建築構造という美術にとって新しい存在との交渉から多くを得つつ、テクノロジーの前進という目的からは距離を置き、物体・空間・身体が異質なまま統合されるという〈静的な変容〉を追求する独自の展開を行ったことを、他のミニマリズムと呼ばれる作家群と詳細に比較検討しつつ、明らかにした。 また、ミニマリズム美術そのものだけではなく、コンラート・ヴァクスマンやSOMといった構造設計の分野における、力学のみならず視覚的デザインの重要性を、美術との比較において相互的に明らかにした。刊行を契機として、最新の研究成果を反映したさらなる研究とアウトリーチ活動に努めた。 論考「ミニマリズムと特異物」においては、短文ではあるが、著書を踏まえつつ新資料の成果を反映し、新たに展開したジャッド論を提起した。ジャッドの「スペシフィック・オブジェクツ」を既存の「明確な物体」ではなく「特異物」として新たに訳し、相互に存在を主張する異物的な状態という、還元された建築的なミニマリズムとは対極的な美学がジャッドに共存していることを考察した。存在の自由を標榜するそのような美学が、新資料である大学院生時代の抽象絵画論にも強く見いだされること、またパートナーであった建築家ヴィンチアレッリからの絶大な影響を確認しつつ、「独自の美学によるミニマリズムを生涯貫いた」という作家像を更新する、より開放的な思考を実践する実験者としてのジャッド像が明らかになった。 ジャッドを中心としつつ、美術と建築におけるミニマリズムの関係を総合的に考察する本研究は横断的な方法によって、環境・建築・美術が総体として構築する、物的な秩序の存在を明らかにした。
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