現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) 我々が提案した反応オートマトン(RA)は受理計算モデルとしてTuring万能性を有することが解っている.RAの反応規則(R,I,P)のうちでIが空集合である(即ち,inhibitorがない)RAをCRA(Chemical RA)とよぶが,CRAの計算能力は線形有界オートマトンよりも真に劣ることが解っている.このCRAが受理する言語族に対して,以下のような代数的な表現定理が成り立つ事を示した.即ち,任意のCRAが受理する言語Lは,ある準同型写像hと2-局所的言語Rを用いて,L=h(Bn∩R)と表現可能である.ここで,Bnは〝部分Balanced言語”と呼ばれる固定した言語である.これにより,化学反応による計算能力に対する代数的な特徴付けが得られた. (2) CRAモデルはその性質からDNAなど生体ナノ高分子による実装の可能性が(実験室において)示されており,特に、決定性と可逆性をもつCRAは実際的な局面において重要な性質である.この決定性CRAと可逆的CRAの計算能力の解析を行い結果を得た. 以上の知見は,反応系による計算メカニズムの本質を解明するひとつの成果であり,本研究の最終目的である〝化学反応プログラミングの設計技法”の構築のための基礎的な知見を与えるものと期待される. (3) 本研究において基盤的な概念である〝反応オートマトン”は,2007年にEhrenfeuctとRozenbergによって提案された反応システム(Reaction System:RS)を拡張した計算モデルであり,2012年に我々が初めて導入したものである.が,一般論としてRSとの比較においてまだ世界的な知名度は得ていないと思われる.そのため,RA理論の普及を目的とした活動にも力を注ぐために,国際会議での発表や国際雑誌におけるサーベイ論文などを通して,RA理論の普及を行った.
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終目的を考慮すると,RA/CRAモデルを拡張したもう一つの形式システムの導入が有効であると考えられる.すなわち,多重集合の状態遷移による入力受理器である現在のRA/CRAを『与えられた入力列に対してそれをある目的にそって処理して出力する“化学反応による記号列変換システム”として再定義する』ことが必要である.この反応変換器(Reaction Transducer:RT) はRA M=(S,Σ,A,D,f)に出力アルファベットΔを付加して,各反応を4項組 (R,I,P;E)として定義することで可能となる.ここで,(R,I,P)はRAの反応規則であり,Eは出力分子を表す.今後の研究の推進方策としては, ① 上述したRAの拡張モデルRTを基本的な形式モデルとするが,確率的要素など必要に応じて変形や拡張を行い各々のモデルを補強していく.そして,それらのもつ情報処理能力を解析する. ② 生体内でおこる基本的な化学反応であるDNA配列のハイブリダイゼーション,mRNAの転写,アミノ酸配列への翻訳などを,RTの形式的枠組みを用いてモデル化を試みる. ③ 生体内の化学反応回路の動的平衡状態などを始めとする高度の生体維持機能のメカニズムを解明するために,細胞内の生体分子群を“構造をもつ要素からなる多重集合”として抽象化したモデルを解析する. ④ 上述のモデルの解析結果をもとに,化学反応に基づくプログラミング技法の基礎的考察を行う.
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