実世界では私たちは複数の音を同時に聞き、認識・処理している。複数の音源が混在している環境で、音源を分離し、関心のある音を選択的に処理する能力(選択的注意)は、人間の大切な能力の一つであり、選択的注意の低下は、難聴者や高齢者のQOLに直結している。それ故、複数音源混在環境における音源定位の神経機構の解明は、重要な研究課題の一つであると言える。本研究では、音源が複数の場合の音源定位の脳内機構の解明を目指している。 視覚空間処理に比べ、聴覚空間処理の脳内機構は良く分かっていない。初年度は、fMRI実験で現実的な音空間を研究するためのシステムを構築するとともに、平均的な頭部伝達関数を用いて、複数音源聴取時に注意方向が脳活動に与える影響についての実験を実施した。その結果、注意方向が上側頭回と楔前部の脳活動に影響を与えることが明らかになった。 次年度は、構築したシステムで、実験参加者ごとにバイノーラル録音刺激を作成し、水平面に位置する音源聴取時の脳活動を360度全方位に渡って測定した。その結果、上側頭回の脳活動が音源の水平位置により変化すること、聴覚空間処理において脳の左より右半球が優位であることが示唆された。 本年度は、360度全方位実験をさらに発展させるための追加実験を実施し、データを解析し、これまでの結果を論文としてまとめ投稿した。また、これまでの実験だけでは未解明な問題を解決するために、新しい実験を開始した。 この研究から得られた知見は、複数音源混在環境における音源定位の神経機構の解明に役立つことが期待される。実験に関しては、生態倫理・人権に十分な配慮をして実施した。今後、さらに研究を発展させ、音源定位能力と選択的注意能力の加齢による変化と脳の関係について解明することを目指す。
|