研究課題/領域番号 |
17K00322
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研究機関 | 沖縄科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
塚田 啓道 沖縄科学技術大学院大学, 神経計算ユニット, 研究員 (40794087)
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研究分担者 |
塚田 稔 玉川大学, 脳科学研究所, 客員教授 (80074392)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 文脈学習 / 時空間学習則 / 記憶の階層構造 / フラクタル / 神経回路 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、生物の脳の記憶システムの優れた機能に基づいて、時空間文脈情報の記憶への書き込みとその読み出しの機能を単層ニューラルネットワークによって実現することにある。 今年度は前年度に構築した教師なし学習による時空間文脈の書き込みのモデルのシミュレーションにより、時空間文脈の学習の記憶構造のパラメータ領域同定および記憶の階層構造の解析を行った。時空間学習則 (STLR)とHebb学習則 (HEB)の学習率のバランスをコントロールすることにより、時空間文脈入力に対するパターンの分離と統合のバランスが調整され、主に2つのパラメータ領域で安定な文脈依存性記憶が構成できることが明らかになった。主成分分析による解析の結果、この2つの領域は「時空間文脈情報を極めて高い精度で分離する領域」と「自己相似的な記憶構造が構成される領域」に分かれていることが明らかになった。 さらに生理実験結果に基づいて導出されたSTLRが神経回路網でどのような学習・記憶の情報処理機能をもつかその記憶情報表現の機能を明らかにした。従来のHEBやSTDP学習との比較検討を行った結果、STLRは時間的に変化する空間情報に対して非常に鋭敏な分離能力を持つことが分かり、この性質が時空間文脈情報の学習を可能にしていることが明らかになった。また、興味深いことに時空間文脈記憶が構築可能な二つの学習則の強度バランスは解剖学データと一致した。 今年度は力学系理論の専門家や海馬・大脳皮質の実験家を集めて「脳の記憶の時空間構造に関する研究会」を開催し、時空間文脈の学習・記憶のメカニズムについて議論した。本研究会では人間の持つ優れた"ダイナミックな記憶情報表現"は神経回路網の空間分割とダイナミクスを用いた情報圧縮にあるとの結論が導き出され、新たな共同研究と方向性を創出することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は最初の関門であった時空間文脈情報の学習と記憶構築に成功し、2つの学習則(STLRとHEB)の学習率バランスによって特徴の異なる記憶構造が構成されることがわかった。当初の想定以上にSTLRの興味深い特徴が発見できたため、時空間文脈学習の神経回路網における情報処理メカニズムの同定に重点を置き十分な時間を割いた。この結果は文脈記憶構成のメカニズム究明への新しい切り口として1つの重要な発見となった。また、「脳の記憶系の時空間構造に関する研究会」を開催することで、本研究成果を実験と理論の両側面から議論することができ、今後の共同研究と方向性を新たに見出すことができた。以上の理由でおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は2つの学習則(STLRとHEB)の学習率バランスによって文脈依存記憶の構築に成功した。しかし、時々刻々と入力される膨大な外界の情報を限られた脳領域に記憶として残していくには、より効果的な記憶の情報コーディングメカニズムが必要となる。今後は生理学データに基づいて抑制性フィードバックの文脈依存記憶への影響に着目する。抑制性フィードバックはフィードフォワード回路のシナプス結合空間を初期化することが可能であり、この抑制効果を付加することにより記憶の階層構造(フラクタル構造)がどのように影響されるかを評価する。これを「シナプス結合初期化による文脈依存記憶コーディングの最適化仮説」と呼び、その効果をシミュレーションによって実証する。 さらに、脳の時間情報制御を行っていると考えられるθおよびγ帯域の神経振動がダイナミックな記憶の書き込みと読出しにどのような役割を果たしているかを生理学的データに基づいて検討する。θおよびγ帯域の神経振動を導入した神経回路モデルを構築し、時空間文脈情報処理に及ぼす影響の評価を行う。この結果に基づいて生物の脳の記憶システムの優れた機能である時空間文脈情報の記憶への書き込みとその読み出しのメカニズムを統合的に検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度に新たに国際学会の招待講演が入ったことと高いインパクトファクターへの論文投稿を行うことが決まったため予算を残した。
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