本研究では,日常生活の中で見られる何となくぼんやりしているという主観的な感覚を目の動きから客観的に得られる数値に変換することにより,人間の注意のメカニズムを解明することを目指している。今年度は研究代表者が以前から覚醒水準との関連を推測して研究に取り組んでいる垂直眼球運動の運動特性について調べた。垂直眼球運動は注視点を上下方向に移動させるときだけでなく,日常生活で遠近方向に移動させるときにも生じる(遠近両用眼鏡はこの現象を利用している)。また,自動車ドライバーが眠気を感じながら運転を続けているような場合にも見られる。垂直眼球運動特有の運動パラメタを明らかにすることは,覚醒水準の数値化において有用であると考えた。眼球の回転は周囲に接続された6本の外眼筋の協調した伸縮によって実現されているが,問題を単純にするため,今回は垂直回転と水平回転がそれぞれ1対の拮抗筋によって実現されているものとみなすことにした。1本の筋をバネとダンパが並列に接続されたフォークトモデルで表現すると,眼球の回転は2本の筋の間にマスが挟まった構造を持つバネマスダンパ系で近似され,その解は2階線形同次微分方程式に帰着する。この微分方程式に実測値を入れて解くと,運動パラメタとして粘弾性係数を求めることができる。実測値として注視点を上下または左右に移動させたときに生じるサッカードの録画から得た眼球の回転角を使用し,垂直回転と水平回転の粘弾性を比較した。計算の結果,垂直回転では水平回転に比べて加速時の粘弾性が低いという結果が得られた。これは垂直眼球運動が水平眼球運動よりも等速回転に近く単調であることを表している。粘弾性の差は筋の大きさに起因するものと考えられるが,眼球運動の単調なリズムが覚醒水準の低下に結びついている可能性もあると考えられた。
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