研究課題/領域番号 |
17K00552
|
研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
大野 芳典 広島大学, 原爆放射線医科学研究所, 助教 (10548986)
|
研究分担者 |
安永 晋一郎 福岡大学, 医学部, 教授 (50336111)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 低線量率放射線被ばく / 造血幹細胞 / 放射線防護 / 細胞運命 |
研究実績の概要 |
造血組織は放射線に対して高感受性であり、急性放射線障害においては造血不全が、晩発性影響においては白血病や骨髄異形成症候群が発症することが危惧される。そのため、造血組織に対する放射線被ばくの影響について解析がなされて来たが、これらの多くは高線量・高線量率被ばくの造血組織への影響について解析されたものであり、低線量・低線量率被ばくの影響についての知見は未だに乏しい。本研究では、これまでの研究成果を活用し、低線量率放射線による造血システムへの障害に対する新たな防護法の開発を試みる。これまでの解析で、申請者は低線量率(100mGy/日)でマウスに1ヶ月間照射することで、造血幹細胞を含む上位造血細胞において顕著な減少が見られることを突き止めている。さらに、上位造血細胞では低線量率被ばくでDNAの2本鎖切断が発生するが、修復遺伝子の発現と活性が低くゲノムの傷が蓄積し、損傷応答によって細胞周期アレストやアポトーシスなどが誘導されていることを明らかにしている。また、慢性的な低線量率被ばくが上位造血細胞においてROSを蓄積させ、これによってDNAの切断を引き起こしていることも明らかにしている。そこで本年度はまず、低線量率被ばくした上位造血細胞において修復遺伝子の発現を増幅させる実験系の構築を行なった。さらに、単一細胞遺伝子発現解析システムBiomark HDで分化誘導遺伝子群、アポトーシス関連遺伝子群、細胞生存シグナル関連遺伝子群などの発現量を解析する実験系を樹立し、低線量率被ばくが上位造血細胞の細胞運命に影響を及ぼしていることを明らかした。また、低線量率被ばくによっておこる活性酸素種(ROS)の蓄積を詳細に解析を行う実験系を確立した。そして現在、修復遺伝子の活性化やp53経路の阻害、ROSの除去などによって低線量率被ばくした上位造血細胞においてどのような影響を及ぼすか解析を行っている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
従来、造血組織に対する放射線被ばくの影響は、高線量・高線量率被ばくの影響について解析されたものがほとんどであり、低線量・低線量率被ばくの影響についての知見は乏しかった。本研究は、低線量率被ばくした上位造血細胞のゲノム損傷が修復遺伝子の活性化を誘導することでどの程度ゲノムの損傷が修復できているのかを解析し、p53の活性を阻害することで上位造血細胞の減少が抑制できるかどうかを明らかにする計画である。さらに、蓄積するROSを除去剤によって除き、それによってゲノム損傷が減少するかどうかを評価し、造血システムへの影響を防護できるかどうかを検証し、新たな防護法の開発を試みる計画である。 本年度は、まず、ゲノム修復遺伝子の発現と活性化を誘導することが報告されているTPOシグナルによって修復遺伝子群が活性化されるかどうかを検討し、低線量率被ばくした上位造血細胞において修復遺伝子の発現を増幅させる実験系を確立した。さらに、単一細胞遺伝子発現解析システムBiomark HD(Fluidigm)で分化誘導遺伝子群、アポトーシス関連遺伝子群、細胞生存シグナル関連遺伝子群などの発現量を解析し、低線量率被ばくが上位造血細胞をミエロイド系細胞への分化を誘導し、細胞運命に影響を及ぼしていることを明らかにした。これらの低線量率被ばくの上位造血幹細胞への影響が、蓄積されたROSによるゲノム障害によるものであることを明らかにした。以上により、研究計画は概ね順調に進めることが出来たと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度の研究で、低線量率被ばくした上位造血細胞において修復遺伝子の発現を増幅させることを試みた。さらに、分化誘導遺伝子群、アポトーシス関連遺伝子群、細胞生存シグナル関連遺伝子群などの発現量を解析し、低線量率被ばくが上位造血細胞の細胞運命に影響を及ぼしていることを明らかした。さらに、低線量率被ばくによるROSの蓄積の蓄積により、上位造血細胞においてゲノム障害が引き起こされていることを明らかにしてきた。 今後はまず、修復遺伝子の活性化やp53経路の阻害する実験系の樹立を目指す。さらに、ROSの除去によって上位造血細胞がどのような影響を及ぼすか解析をする。そして、細胞免疫染色法や単一細胞レベルでの遺伝子発現解析法を駆使し、低線量率放射線被ばくのマウス造血幹細胞に対する影響について分子生物学的解析を引き続いて進め、その分子基盤を詳細に解明する。また、マウスの解析とともに、ヒトにおける低線量率放射線被ばくの影響を解析するためのモデルとして、ヒト造血幹細胞移植(ヒト臍帯血由来)を行ったヒト化マウスの作成方法の樹立を試みる。樹立したヒト化マウスを用いて、低線量率放射線被ばくの影響を細胞免疫染色法や単一細胞レベルでの遺伝子発現解析法を用いて解析する。そしてこれらの結果を、マウスで明らかにしてきた低線量率放射線被ばくの影響と比較検討し、低線量率被ばくのヒト造血幹細胞における影響の分子基盤について明らかにしていく。
|
次年度使用額が生じた理由 |
低線量率放射線照射室を含む当該研究所でのマウス肝炎ウィルスの発生によりマウスを用いた実験を一時中断しないといけなくなったため、その間の飼育費や消耗品費などの経費が余ったため次年度使用額が生じた。本年度は中断した実験を再開したので、その経費に充てる。
|