研究課題/領域番号 |
17K00561
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
坂本 綾子 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高崎量子応用研究所 放射線生物応用研究部, 上席研究員(定常) (00354960)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ヒメツリガネゴケ / DNA修復 / ガンマ線 / 紫外線 / 二本鎖切断 |
研究実績の概要 |
ゲノム維持機構は原始的な生命の時期に原型が作られ、少しずつ変化しながらすべての生物に引き継がれて来たと考えられる。一般に植物は動物に比べてDNA 損傷に対する抵抗性が高く、進化の過程で独自のゲノム維持機構が獲得された事が予想される。本研究では、陸上植物の祖先種に近いヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)を用いて植物のDNA損傷応答や修復・突然変異機構の特徴を明らかにし、高等植物に特異的なゲノム維持機構がどのようにして獲得されたのかを明らかにする。 H29年度は、ヒメツリガネゴケの原糸体からプロトプラストを調整し、紫外線やガンマ線を照射して応答反応曲線を作成するとともに、パルスフィールドゲル電気泳動法を用いてDNA損傷を定量し、ヒメツリガネゴケ細胞におけるDNA損傷の出来やすさや損傷に対する抵抗性を数値化した。また、アデニンホスホトランスフェラーゼ(APT)遺伝子やヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子などの内在性の遺伝子を利用することで、突然変異スペクトル検出系を構築した。さらに、放射線応答性転写因子SOG1や損傷乗り越え複製遺伝子REV3など、高等植物でDNA損傷応答や突然変異誘発に関わることが示唆されている遺伝子のヒメツリガネゴケにおけるホモログを同定し、機能ドメインやアミノ酸保存領域などの解析を行うとともに、遺伝子破壊のためのコンストラクトの作成を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、ヒメツリガネゴケのプロトプラストを利用することで、ヒメツリガネゴケ細胞におけるDNA損傷の出来やすさや損傷に対する抵抗性を数値化することに成功した。また、突然変異検出系や、Crisper/CASシステムによる遺伝子破壊系を確立した。 1) ヒメツリガネゴケ原糸体細胞に酵素処理を行うことで均一なプロトプラストを得た。このプロトプラストにガンマ線を照射した後に培養し、形成するコロニーの数を指標に生存率を算出した。その結果、ヒメツリガネゴケはガンマ線に対して超耐性を示すことが明らかになった。 2) γ線照射を行なったプロトプラストからゲノムDNAを抽出し、パルスフィールドゲル電気泳動でゲノムDNAの断片化度を計測することで、γ線で生じたDNA二本鎖切断(DSB)を定量した。その結果、ヒメツリガネゴケが多量のDSBが生じる条件下でも生存できることが明らかになった。 3) 損傷乗り越え複製遺伝子REV3のヒメツリガネゴケにおけるホモログ(PpREV3)を同定し、ポリメラーゼドメインのアミノ酸配列が高度に保存されていることを確認した。そこで、この保存領域のアミノ酸配列からguide RNAを作成し、Cas9遺伝子とともにプロトプラストに導入することで、PpREV3遺伝子の破壊を試みた結果、複数の遺伝子破壊株の作出に成功した。 4) アデニンホスホトランスフェラーゼ(APT)遺伝子の破壊株を作成し、APT欠損株が5μMの2-フルオロアデニン(2-FA)で選抜可能であることを確認した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に作成した感受性データに基づいてヒメツリガネゴケに紫外線やガンマ線を照射し、誘発変異スペクトルを得ることでDNA損傷応答の特徴を解析する。さらに、Crisper/CASシステムを用いて遺伝子破壊株を作製し、これらの遺伝子のゲノム安定性維持における役割を明らかにする。 1) プロトプラストに紫外線やガンマ線を照射した後に2-フルオロアデニン(2-FA)または6-チオグアニン(6-TG)を含む培地で培養し、形成されたコロニーの数を指標に突然変異頻度を計測する。また、コロニーの一部を取ってDNAを抽出し、APT遺伝子領域またはHPRT遺伝子領域をシークエンスすることで突然変異の種類を特定する。 2) シロイヌナズナや動物で報告されている2本鎖切断修復酵素や損傷乗越え複製酵素、チロシンデオキシドタンスフェラーゼ(Tdp1)等のホモログはヒメツリガネゴケにおいてもDNA損傷応答に関与する事が予想される。そこで、これらのホモログ遺伝子の配列からguide RNAを作成し、Cas9遺伝子とともにプロトプラストに導入することで、遺伝子破壊を行う。 3) 上記のDNA損傷応答遺伝子の破壊株に紫外線やガンマ線を照射し、DNA損傷応答遺伝子の欠損で生存率や生重量に差が生じるかどうかを検証する。また、変異原処理を行った遺伝子破壊株を(2-FA)または (6-TG)を含む培地で培養し、突然変異スペクトルに差があるかどうかを検証する。 4) ヒメツリガネゴケプロトプラストに紫外線やガンマ線を照射した後に培養して修復反応をさせ、その後パルスフィールドゲル電気泳動でゲノムDNAの断片化度を計測することで、DNA2本鎖切断が修復される効率を測定する。DNA損傷応答遺伝子の有無で修復効率に変化があるかどうかを解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では相同組み換え活性を利用して遺伝子破壊を行う予定であったが、効率面で問題があったため、Crisper/CASシステムによって遺伝子破壊を行うことにした。この変更により多数の細胞塊を同時に処理する必然性がやや低くなったため、当年度におけるホモジナイザーの購入を見送った。代わりにCrisper/CASシステムに必要なguideRNAなどを購入したが、予定していた物品費を全て使用するには至らなかった。ホモジナイザーは次年度に購入し、予定どうり解析を進める予定である。
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